今号発行日の3月9日は、啓蟄の初候 "蟄虫啓戸 (すごもりのむしとをひらく)" に当たります。日が伸びて、生き物がごそごそ蠢く時季が到来しましたね。
と言ったものの、日本列島は南北に長い上に、標高の差も大きいので、地域によっては "春はまだまだ" あるいは "もうとっくに過ぎた" という所も多いかと。私の地元、横浜では、ウグイスやホオジロ、シジュウカラなど(の雄)は、2月にはもう囀り始めていました。皆さんのところではどうでしたか?
雄がフライング気味なのは、縄張りを構えるにも、雌へラブコールを送るにも、出遅れれば、繁殖確率がぐっと減ってしまうからでしょう。かといって、あんまり早すぎてもダメ。囀り続けるのは体力を消耗するので、囀り期間が長すぎると息切れしてしまいます。雌は雌で、餌が豊富で安全な、子育てに適した環境を見極め、そんな場所を縄張りにしている雄、我が子の父親として良い形質を持った雄をしっかりと選ばなくてはなりません。これまた大変です。
こんな鳥の必死さに同情して、身につまされていたら、私たち人間も、"のどかだなぁ"などと能天気なことを言わないと思うのですが、所詮ひとごと?なのでしょう。鳥の囀りを聞けば自然と、春の浮き浮きした気分になっています。
心理学的な研究によると、実際に鳥の囀りを聞いた人は、副交感神経が活性化し、ストレスホルモンの分泌が抑えられ、ネガティブな感情が緩和されるとのこと。また、人々は昔から鳥の色や模様、しぐさにも目を奪われてきました。鳥は聴覚だけでなく視覚の世界においても人々を魅了する存在。でもどうして、私たちは鳥の存在や振る舞いに癒され、好ましく思うのでしょうか。
きっかけは、アフリカの森林で暮らしていたわれわれホモ・サピエンスの祖先が、開けたサバンナ(草原)に生活圏を広げたこと。見通しと引き換えに自分たちの姿が丸見えになったご先祖様は、常に「外敵に襲われるのではないか」という怯えや緊張感にさらされました。そんな時、警戒心の強い鳥が傍で普通に鳴いて、餌をついばんでいるのを見れば、周囲に外敵はなく「安全で平穏な状況」なんだと安心できたから、という説が有力です。つまり鳥は大昔から、人類にとってセイフティ・シグナルだったというのです。
ちなみに鳥の囀りと並ぶヒーリング効果の高い自然音は、そよ風が木々の梢を撫でる音と水がさらさらと流れる音だとか。この三つが揃う開けた場所、平和なひと時を約束してくれる場所といえば、皆さんのホームグラウンド、言わずもがなの「庭園・ガーデン」でしょう。
でもそれは平和であればこそ!日々緊張を強いられている国の人々にも庭園・ガーデンをのんびり楽しめるひとときが1日も早く訪れますように。春にはどこでも鳥が鳴いていてほしいです。
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