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『ピースボート』

「今の時代、情報発信ができないと仕事は不可能です」

2020年03月25日

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【プロローグ】

20歳の時、僕は母親に「あんたなあ、本にはいいこと書いてあるのよ」と言われた時に、
はじめて「自分が知らない世界がそこにあるんだな」と認識しはじめました。

僕は、人は「知らない」から悩み苦しみ、「知れば」解決すると思っていたのです。

でも世の中には知っても解決しない人がいるんだな、と思ったのです。

多くの方の状況は、「母親と同じ」だと思います。

まずはこのことを解決したいです。

詳細はこちら↓

「なにが行こうぜ!ピリオドの向こう(側)じゃい!」
https://ameblo.jp/atokau/entry-12582722955.html


解決せずにその上からいくら勉強やインプットをしてもあまり意味がありません。

「自分のストコーマや自分の信じたアイデンティティや自分のストーリー(物語)
によって邪魔をされてしまうから」です。


僕はいちいち本を読むたびに、自分と自分の人生が変わました。

だから、僕がそうだったから、人もそうだと思ったのです。

僕の体験談はこちら↓
https://ameblo.jp/atokau/entry-12581026822.html

僕ははじめて読んだ本が、15歳、「無」ばかり書いてある本と、
チェスターフィールドさんという方の本です。

高校を辞めて、東京に行って、「なんで僕は高校を辞めてしもうたんやろう」
とホームシックにかかった時に読みました。


______________________


【テレビゲームをやる。主人公は「俺」】
https://ameblo.jp/atokau/entry-12581287888.html

「自分の信じたアイデンティティの中や自分のストーリー(物語)の中でいたり」
「イップス」があったりで、「自己信頼」であったり、そういうことを乗り越えて、
「笑顔がみたい」って、本気、がむしゃらにやることができれば、
きっとあなたの人生の物語は進みます。
僕のを参考に上記で伝えておきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「普通」に「プラスアルファ」をつけていかないといけないと伝えましたが、結論から先に伝えると、

「今の時代、情報発信はしていかないといけないです」


僕が24歳の時(16年前)、まぐまぐというメール配信スタンドをお借りして、
メールマガジンを始めました。



それで始める前に思ったことが、「情報を伝える側」は少ないということでした。

多くは「情報を受け取る側」でした。

メールマガジン全盛期の時代で、読者がその頃はとてもよく集まったのです。
(フェイスブックやライン等がなかったですからね)


その読者の集まり具合をみながら、
「伝える側になれば、これから一生食いっぱぐれることはないな」と思いました。



「情報を受け取る側」は、まあ「もらう、もらう人間ですよ」


ようは、情報を受け取る側はアホだと思いました。

言い方が悪いですね。


「まあ成功しない人たちですよ」

「もらう、もらう、もらうちゃんですから」



情報弱者の方々です。

当時ですよ。そう思いました。



伝える側になれば「それだけで素晴らしいなあ」と思いました。

「情報を受け取る側」から「伝える側」です。

これだけで「これからの人生楽に進めるだろうな」と思いました。

(その理由はこの文章の後半に書いています。)



「情報を受け取る側」から「伝える側」になることが1番、高いハードルでしょう。

もらう人間から、与える人間になるということですから。


これができる人だけすごいです。



たとえ、「伝える側」になり全くうまくいかなくても「成功です」

「まずその与えようとするスタンスがとても素晴らしいです」

そのスタンスから人生生き続けていけば、幸せになるし、成功します。

そう思いました。



それで「情報を受け取る側」から「伝わる側」になるだけですごいことなのに、
その「伝える側での中でうまくいけば、これからの人生勝ったも同然だな」
と思いました。



それが僕が「伝える側」にまわった「自分側の思い(欲望)」です。

それと「貢献したい」という両方の思いです。


必ず「欲望」と「貢献」という両方の思いがあった方がいいです。

「なぜなら続かないからです」

いろんなことが乗り越えていけないからです。



「欲望」だけで動いた時、そこを支えてくれるのが「貢献したい」という気持ちです。


「貢献したい」だけで動いた時、そこを支えてくれるのが「自分の欲望」です。




「欲望」と「貢献」

対極した思いであったりするのですが、

「この「欲望」と「貢献」がお手手つないで、仲良くルンルン」

とやっている人が、「成功者ですね」



たとえていうなら、

「悪魔と天使が仲良くしているようなもの」

です。


「でも本来、悪魔と天使は仲がいいのです」


それは昔流行ったビックリマンから学びました。

ビックリマンチョコのシールです。

僕は小学生の時に、このビックリマンシールにとてもはまりました。

このビックリマンから教わったのです。


もともと悪魔と天使は仲がよかったのに、

「仲が悪くなって」

ビックリマンの物語が始まりました。


最終目指すゴールが、

「また悪魔と天使が仲良くすること」

です。



「悪魔と天使はもともと仲が良かったんだあ。

そんなことがあり得るんだあ」

と思いました。



そのビックリマンの物語を現実世界に置き換えると、
「「欲望」と「貢献」がお手手つないで、仲良くルンルン」とやっている人が、
成功者です。



「仲がとてもいいのです」



でもこれを嫌がる人が多いのです。


「欲望」は「欲望のみ」なのです。


「貢献」は「貢献のみ」なのです。


「天使と悪魔とを一緒にしてくれるな!」という考えなのです。



「欲望」と「貢献」がお手手つないで、仲良くルンルン」

とやっていると、

どう言われるのかというと、

「偽善者と言われるのです」


でも事実は違います。

「偽善者と言う奴が、犠牲者なのです」



あたりまえの話ですが、
「お金が欲しい、ああなりたい、こうなりたい、自由が欲しい」等、
思うことはあたりまえです。


でも同時に「貢献したい、お役に立ちたい、人に喜ばれたい」という思いがある。



誰しもそうで、「一緒にあっていいわけです」

これを「切り離したり、別に分けるから、おかしくなるのです」

そもそも「人間自体が」です。


それこそ、「天使と悪魔とのたたかいが起きるのです」



ビックリマンはすごく社会現象となりました。

ビックリマンチョコを買うのに、他のお菓子を混ぜられて、
セットにされて売られたりしていました。


「ビックリマンチョコを買うのに、他のお菓子も買わないといけないのです」


なんて子供心に、「あこぎな商売するんだ」と思いました。


それぐらい売れていたということです。

(「絶対それではコミュニティビジネスはできないのですが、
それでも経営できた「ゆるい時代」だからできたことです。)



「なぜこのビックリマンは、こんなにも子供心に火をつけたのでしょうか?」



アンパンマンは、小さな子ども向けのキャラクターとしていますが、
実はアンパンマンははじめは子供向けではなくて、大人向けに描いた作品でした。

アンパンマンははじめ全く売れず、その存在すら長らく忘れられていた、
幻の作品でした。


アンパンマンという漫画の企画を編集者に持ち込むものの、

「こんなみっともない主人公では受けませんよ」

と却下され、

さらに、
「エロも欲しいし、怪獣も出ないんじゃねえ、売れないのは悪です」
とまで言われたのです。


当初、大人たちからはグロテスクだと評判の悪かった絵本「あんぱんまん」。 


でもそこに目をつけたのが、「子どもたち」でした。


「こんな風に爆発的に売れるなんて、全然思ってませんでしたけど、
子どもの幼稚園に行ってみたら、アンパンマンの絵本があって、
本がボロボロになっているのを見て、それでテレビ化の企画を立てた。」

そうです。


なぜボロボロになっていたのでしょうか。



絵本の出版から、15年後。 

やなせさんが、69歳の時スタートしたアニメは、大ヒットとなりました。 


やなせたかしさんはこう言います。

「幼児の作品はですね、幼児用だというので、グレードをうんと落とそう、
というふうに考えるんですね。 

そうして、文章も非常に短くする。 僕もそれを要求されたんですけどね、
違うんですよ。 

全く違うんですよ。 

非常に不思議なことにね、幼児というのはですね、お話の、この本当の部分がね、
なぜか分かってしまうの。」 





このアンパンマンと「同じ」で、ビックリマンもその要素があったと思います。

「深い」のです。




その1つのメッセージが、

「「欲望」と「貢献」がお手手つないで、仲良くルンルン」

です。



「欲望」だけで動くと「別に普通ですね」

「貢献」だけで動くと「素晴らしい人ですね」人格者のように思ってくれます。

「欲望と貢献をワンセット」に動くと、「偽善者」と言われたりします。


だから、多くは、

「欲望と貢献を切り離してしまう」

のです。


すると、これが世の中の悩み苦しみを生み出します。


「欲望」だけで動くと「ギラギラしている人」になるんですね。

「貢献」だけで動くと「疲れてしまうんですよね」



後者は、貧乏暇無し状態。

前者は、とてもうまくいきづらいです。

なぜならそこに「他者への貢献の思いがないから」です。

他者への愛情や思いやりや優しさ等が欠落していくからです。

「貢献したい、お役に立ちたい、人に喜ばれたい」と思い、やればいいのに
「捨ててしまうから」です。




「欲望」だけも、

「貢献」だけも

「人間として不自然になるのです」

「自分の一部だけで、生きてしまうことになります」


これではまるで、

「頭をかじられてしまったアンパンマン状態です」



「お金が欲しい、ああなりたい、こうなりたい、自由が欲しい」等、
思うことはあたりまえです。


でも同時に「貢献したい、お役に立ちたい、人に喜ばれたい」という思いがある。


「一緒にすればいいのです。統合すればいいのです」


それが、ジャムおじさんが、「アンパンマーン!」と言って、
新しい顔を持ってきてアンパンマンに投げて、顔が入れ替えられる。



すると「アンパンマンの顔が焼きたてアンパンマンになります」

そして、「勇気100倍、元気100倍」となって、

バンキンマンをやっつけるがごとく、「生きられる」のです。



「欲望」と「貢献」は「分離させない方がいいです」

それは、「まるで頭をかじられてしまったアンパンマン状態です」

パワーが出ないです。


「欲望」と「貢献」を分離させると、天使と悪魔とのたたかいが起き始めるのです。

すると、「自分のメンタルがやられますよ」



方法は「1つ」 偽善者と呼ばれたらいいです。

呼ばれますよ。(呼ばれなくても思われたりね)

でも、事実は違います。

「言う(思う)人が偽善者です」


「お金が欲しい、ああなりたい、こうなりたい、自由が欲しい」等、
思うことはあたりまえです。

でも同時に「貢献したい、お役に立ちたい、人に喜ばれたい」という思いがある。

「それが人間なのですから、それで生きるのが本物であり、自然であり、
人間らしい姿です」



「欲望」だけで動いたら、「お前大丈夫か?」と思います。

「貢献」だけで動いたら、「素晴らしいと思うけれど、大丈夫なん?」と思います。



「「欲望」と「貢献」がお手手つないで、仲良くルンルン」で生きたらいいのです。

その延長線上で、欲望が満たされてきたら、そりゃ「確かに貢献側にシフトしますよ」



たとえば、年収1500万円以上を超えると

「人間それ以上、満足度はそんなに変わらないです」

というデータがあります。僕もそんな感じです。

多くはそんな感じです。



ある程度、欲望が満たされたら、「人は自己実現に走ります」

「思いをかたちにすることが、自分の1番のコミットになるのです」

ある程度、満たされていないとそれはできないです。

「思いをかたちにしたくても、嫌、お金が・・」という問題につまづいたりするのです。


「好きなようにやれないのです」


でも余裕があればどうですか?

「やりますよ」



自己実現という領域は、
「経済的な自由と精神的な自由が手に入った人が、歩められる道です」


「経済的な自由と精神的な自由が手にも入っていないのに、
自己実現という領域を目指うと、まず人生100%彷徨います」


自分の言葉も抽象的になりがちです。具体性がないのです。

「道がないのです」

そこは、「経済的な自由と精神的な自由が手に入った人が、歩める場所だからです」

そういう人は「具体的にできます」


でも、「経済的な自由と精神的な自由が手に入っていない人は、
具体的にできないんですね」

「無理なのです」


「地に足がついていない」と言われる人は、「そこ」だと思います。


「経済的な自由と精神的な自由が手に入っていない人が、
自己実現を目指そうとしているからです」



目指す気持ちはわかるんですよ。

「ビジョンやインスピレーション的なものがあるからです」

だから、目指してしまうのです。



たしかに「叶いますよ」

「でも段階があるんですね」


「まずそれが、経済的な自由と精神的な自由が手に入れることなのです」

(「自己実現」ではなく「まずは成功しろ」という感じですね)


そして、それを手に入れていくアクセスが、

「「欲望」と「貢献」がお手手つないで、仲良くルンルン」

で生きることなのです。



「じゃあないとそこに辿り着かないです」


それで、そもそも、

「「欲望」と「貢献」がお手手つないで、仲良くルンルン」

で生きれないとしたら、そこに「精神的な自由」がありません。


「偽善者と思われて、自分の生き方を止めているようじゃあ、
あまりにも「精神的な自由」が無さすぎです」


禅 ZEN 中村勘太郎さんの映画のことを前にお伝えしました。


「春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえて冷しかりけり?

 道元、何を言っている、当たり前のことではないか」

と、藤原竜也さんが映画の中で、言いました。



「あるがまま あるがままの真実の姿をみることこそ悟りなのですぞ」

と、主役の中村勘太郎さんが言っていました。



「あるがまま あるがままの真実の姿をみれば、偽善者と思う人がいたら、
そいつがただの偽善者というだけです」





「お金が欲しい、ああなりたい、こうなりたい、

 自由が欲しい」等、思うことはあたりまえです。

でも同時に「貢献したい、お役に立ちたい、人に喜ばれたい」という思いがある。

「それが人間なのですから、

 それで生きるのが本物であり、自然であり、人間らしい姿です」



それを「分離させてしまう」のが、偽善者なのですから。



「精神的な自由」とは、
「人の言葉にまどわされず(影響を受けず)自分が生きたい人生を生きることですよ」



「相手は変えれませんよ」

そんな暇があるなら、「自分の道を進むのです」


「相手は変えようとするのは、それはたとえるなら連れションベンがしたいのです。
1人でトイレ行くのが怖いから人を道連れにしているのです」



「人を支配して、自分の道を歩もうとしているのです」

根底にある心は、「1人でやるのが怖い」のです。


そう思っていいのですが、「怖いけどやるか」「怖いからやらないか」だけです。

やらないならやらないでいいです。


「依存が自分の道を歩めなくさせますね」



禅 ZEN 中村勘太郎さんが

「自らを殺すことは、仏を殺すことだ

 他者への依存は、自らの仏を否定すことだ」

と言っています。



これが「精神的な不自由さ」です。

自由とは「自らに由る」です。



僕が24歳の時(16年前)、まぐまぐというメール配信スタンドをお借りして、
メールマガジンを始めました。


その理由が「貢献したい」という気持ちと、

「情報を受け取る側」から「伝わる側」になるだけですごいことなのに、
その「伝える側での中でうまくいけば、これからの人生勝ったも同然だな」と思う、
「僕の欲望から」です。



両方大事だと思います。


欲望は、「これからの時代を予測して思ったことです」


それでその時から16年月日が経っていますが、「今もそう思います」


僕が思ったことが、「今、現実にとてもダイレクトにやってきています。」



「やってこなかった人は、今から必死でやった方がいいです」



まだインプットばかりの「もらう側」でいたら、人生シャレにならないですよ。

「伝えていかないと」



本来、インプットをし「もらう側」になり、きちんと「動いていけば」
絶対「与える側になる」のです。



「はじめはもらってもいいです」

それで自分の人生を幸せにしたり、豊かにするのです。



「その為のインプットなわけです」

そうじゃないですか?



もらい続けて、「与える側」にシフトしないのは、

「お前インプットしてなにやってたの?」

という話です。



「まるで話にならないレベルですよ、それは」



こういう方はビジネスどころじゃないでしょう。

どちらかと言えば、「完全な社会不適応者レベル」です。


ビジネスうんぬんではなく、その頭の悪さを先になんとかするべきです。



普通は、インプットしたら、「やるんですよ」



【プロローグ】

20歳の時、僕は母親に「あんたなあ、本にはいいこと書いてあるのよ」
と言われた時に、はじめて「自分が知らない世界がそこにあるんだな」
と認識しはじめました。

僕は、人は「知らない」から悩み苦しみ、「知れば」解決すると思っていたのです。

でも世の中には知っても解決しない人がいるんだな、と思ったのです。

多くの方の状況は、「母親と同じ」だと思います。

まずはこのことを解決したいです。

詳細はこちら↓

「なにが行こうぜ!ピリオドの向こう(側)じゃい!」

https://ameblo.jp/atokau/entry-12582722955.html


 ↑

この母親の問題と同じです。



「いいことだと思うなら、やる」

「やってもすぐにはできなかったりする。

 何度も何度も失敗する。

 そんなものはあたりまえ。

 それで何十回も何百回もチャレンジすれば、

 やがてできるようになる」

わけです。



「なぜそれをやらなかったの? あなた」という話です。

それが「普通」ですよね。



「やらなければ上達しないですよね」

「それで、あと、なにをやるのですか?」




「情報を受け取る側」は、まあ「もらう、もらう人間ですよ」

ようは「情報を受け取る側はアホだと思いました」

言い方が悪いですね。



「まあ成功しない人たちですよ」

「もらう、もらう、もらうちゃんですから」


情報弱者の方々です。

当時ですよ。そう思いました。



伝える側になれば「それだけで素晴らしいなあ」と思いました。

「情報を受け取る側」から「伝える側」です。

これだけで「これからの人生楽に進めるだろうな」と思いました。



と僕は伝えましたが、

「本来、「伝える側」にまわっておけば解決した話なのです」



伝えるというのは自分がとても成長するのです。

伝えながら、「それが1番自分の為になるのです」


伝えず、「もらう、もらう」ばかりしているから、
結局自分の人生をわけわからないところに身をおかせてしまうのです。




「もらえば、やれば、与える側になるのです」

「やらないなら、もらうな」です。



「猫に小判」「豚に真珠」「馬の耳に念仏」なのです。


「小判」「真珠」「念仏」側に問題があるのではありません。


「猫、豚、馬側に問題があるでしょう」



なぜインプットをするのかは、

「やり、自分の人生を豊かにし、そうしたらそれを

 今度、返す為にやるのです」

循環です。


インプットをするというのは、
「アウトプットしてくれる人がいるからできるのです」


それで、自分が「アウトプットしないから気持ちがわからない」のです。
(本当はやらなくてもわかるのですが、やれば確実にわかります。)



なぜアウトプットをするのでしょうか?


「人に幸せになってもらいたいからです」

「お役に立ちたいからですよ。喜ばれたいからですよ」


「なによりの1番の願いは、

 読んだ人の人生が変わることですよ」



その愛を受けとれないなら、

「読むな」

です。

「感謝がないです」



「アウトプットしてくれる人の気持ちをお前なんだと思っているんだ」という話です。


いつまで親鳥が餌を持ってきてくれるのを、ひな鳥がアホづらさげて、
口をパカッとして待っているみたいに、なにを生きてしまっているんだという話です。


「やれよ」

「やらないなら読むな」です。


その資格がないんですよ。


インプットは、「肥料や栄養なのです」

与えられすぎると、「根腐れが起きる」のです。

植物もそうです。



「循環を止めないでくださいね」



インプットするなら、「感謝をして、やりなさい」

そして、「自分の人生を変えなさい」

「それを伝えなさい」です。



感謝ができないものなら読まれなければいいだけです。

感謝ができるものを選び、「そのアウトプットしてくれた方の為に動いてください」

人の為にやることが自分の為になるのです。自分が幸せになるのです。

それが「愛」や「思いやり」や「優しさ」等です。




「いいことだと思うなら、やる」

「やってもすぐにはできなかったりする。

 何度も何度も失敗する。

 そんなものはあたりまえ。

 それで何十回も何百回もチャレンジすれば、

 やがてできるようになる」

わけです。




「アウトプットしてくれた方、

 感謝がある人の為にやってください」


「人としての道を踏み外さないでください」


いつまでも親鳥が餌を持ってきてくれるのを、ひな鳥がアホづらさげて、
口をパカッとして待っているみたいに、生きている場合じゃないのです。


感謝がないです。

感謝とは感恩報謝です。

「恩を感じた人に最高の礼をもって報いるということです」



感恩報謝の例は、「あなたの人生が変わることです」

その為にアウトプットしてくれている人がいるのです。


感謝をするのです。

「恩を感じた人に最高の礼をもって報いるのです」


行動して、「あなたの人生が変わること」が、「恩を感じた人に最高の礼でしょう」


それが自分を幸せやより幸せへと導いてくれるのです。



「感謝しなさい。恩を返しなさい」


与えられていないと思うなら、
与えられているという体感の起きる人や本と出会ってください。



「それが人間関係というものです」



「感謝しなさい。恩を返しなさい」



成功うんぬんの前に、

「人としての道を忘れないであってください」


忘れてもいいですが、それでは到底成功なんてしないでしょう。



ここから自分の人生を変えてください。


(わかられている方は再確認でお願いします。)








______________________


【誰かにとっての希望に光になろう】

自分のストコーマや自分の信じたアイデンティティや
自分のストーリー(物語)から抜け出した状態の1つが、
『「笑顔がみたい」って、本気、がむしゃらにやってやれたら』
抜け出したと思っていただいて構わないです。

その状態を目指していきましょう。

その為の情報をこちら↓にまとめています。

多くの方の状況は「僕の母親と同じだった」
https://ameblo.jp/atokau/entry-12456477306.html

以下のような情報も載せています。

・「たった1人でいい。」友人や友達や仲間が、
「どんな可能性を自分にみてくれているのかを信じること」


・自分のセルフイメージを「猫かぶり」の自分から、
「なんでもできる、なんでもやれる、とてもパワフルなゴリラに変えること」
人はみんな「猫」じゃない。「ゴリラ」です。


・「やる理由はこう」「やらない理由はこう」だとあらゆるものに
理由を出して、自分のこたえをもつ、言語化することがとても重要。
それが「自分を知ること」であり、その作業自体が「自分と向き合うこと」です。

自分を知らないと人生とても彷徨いやすいし、
人になにかを伝えていくことにも障害になります。
この状態では、とても仕事がしづらいです。(人生も生きづらくなってしまいます。)


・まだ芸がヘッポコなうちからベテランに交ざって物事に取り組むこと。

人は「この自分では十分ではないから、まだまだもっと」と思いながら、
物事に取り組みながら勉強等すればいいのに、「取り組みもせず、勉強等」
をしてしまう。(十分ではない自分を補う努力をしてしまうのです。)

それは「積極的な逃避行」です。自分も人も騙していたりします。
前に向かっているようにみえて、「実は逃げていたりします」

さあ、やろう。


・「仕事の基準をまずは取り戻していこう」

僕は15歳の時にはじめてバイトしたのが、ロッテリアでした。

初日に行けば、店長に言われた言葉が、

「あなたをそこに扉を開けたら、プロです。
 プロしてやってください。
 はじめてばかりだとか、お客様には全く関係がありません。
 プロとしてやってください」
と言われました。

僕の信じたアイデンティティや自分のストーリー(物語)が、
「いきなり崩壊でした」

でも僕はとても運がよかったです。「プロとして仕事をされていますか?」





【主に自分のストコーマや自分の信じたアイデンティティや
自分のストーリー(物語)から抜け出した方向けの記事は↓こちらです】


「インヒア」と「アウトヒア」
https://ameblo.jp/atokau/entry-12582780361.html

”自分の心”が動くものから選ぶこと
https://ameblo.jp/atokau/entry-12582002707.html

「邪気が無い」と書いて「無邪気」と呼びます。「邪気が無い」状態を目指したい
https://ameblo.jp/atokau/entry-12581551995.html

「人の頭の中には夢、目標があり、そして日付までが入っている」
https://ameblo.jp/atokau/entry-12581994160.html

「はい、あなたガンです」と言われてしまうのです。
https://ameblo.jp/atokau/entry-12583209884.html

「どうしてそれで生きていけるんですか?」
https://ameblo.jp/atokau/entry-12581584988.html





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記事一覧

僕が来年メインでお伝えするのは、「人を理想世界へと導く」になると思います。

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「5年、10年、一生涯、仕事に困らないものは何でしょうか?」

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