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『ピースボート』

「生きがい」や「やりがい」へのアクセス

2020年10月31日

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■「人の心を笑顔にしよう。」
https://ameblo.jp/atokau/entry-12570311527.html
僕のスローガン(理念)はこちらの記事に書いています。


■それぞれのジャンル、業界や、同じコンセプトの人同士が手を組み、
「客を幸せにしていくのです」
https://ameblo.jp/atokau/entry-12385274586.html
僕のビジョンはこちらの記事に書いています。


僕のコンサルでのコンセプトは、
「お客様(人)の明るい未来や叶えたい未来を叶えに行こう」
です。

そこに「共感」してくださる方が僕にとってのお客様です。
お客様を超えて共に素敵な日本をつくってくださる「仲間や同志」だと思っています。

「お客様(人)の明るい未来や叶えたい未来を叶えてくれたらとても嬉しいです」

お客様(人)の明るい未来や叶えたい未来を叶えられなくてもいいのです。
「叶える為に、命がけになり叶えにいくことがとても重要です」
そもそも1人の力だけでは叶えられないです。だからコミュニティが重要なのです。
同業者は敵ではなく、味方であるという概念が必要なのです。
共にお客様(人)の明るい未来や叶えたい未来を叶えていくパートナーなのです。
「同業者とたたかっている場合ではないのです。」

「すべてはお客様(人)の明るい未来や叶えたい未来を叶える為です」

そこが重要なんです。共に素敵な日本をつくってください。

人が「人生が楽しい」と思えるのは、そういう人が増えることなんです。

「あなたの生き方はそもそも人に「楽しさ」を与える生き方なのか、
 問ってください」


つまらない世の中とは「つまらない生き方をしている人がいるからなのです」

自分も人も含めてです。

人に求めるのではなく「自分の生き方」からはじめてください。

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前回「世の中の病気症状問題解決をテーマに掲げて」という、

アホでイかれた理由で、30歳独立をしたとお伝えさせていただきました。

病気の方の相談は今まで何千人も乗ってきたのです。

解決に導いたものもあります。
それ以上に解決へと導けなかったものもたくさんあります。

その中で辿り着いた僕のこたえは「病気のことをやる必要はない」でした。

結局、「教育の問題」だと思ったのです。


それを少しわかりやすいものでお伝えすると、

「人生楽しいぜ!生きていて楽しいぜ!」
とみんな本当に思って生きていれば、病気はほとんどないと思います。

僕はそう思っています。

昔は病気になるのはわかるのです。
単純にろくに食べれないとか、冬は寒いし、夏は暑いです。
エアコンなんてないですし。交通機関も発達していないです。

「そもそもが過酷なのです」

差別や偏見なんて今の100倍以上です。

「お前ムカつく」と思われたら、打首や殺されることも普通です。

しかもそれが「合法」だったりするのです。

昔と全然病気の原因が違うんですよね。比べようがないですが。


病気が食事の問題であっても、
「人生が楽しくねえぜ!」
と思っている人が、食事に気をつけますか?

「ない、ない」

酒飲む、暴飲暴食があたりまえです。

「やめろと言われて辞められるわけがあありません」



「人生が楽しくねえぜ!」と思っている人が、

朝はや起きして「さあ、今日も元気に走ろうぜ」なんて思わないです。


結局「病は気からなのです」

べつに気で治る、気で病気がおきるというのじゃなくて、

「病むこと」により、それが生活習慣に反映されるのです。

「そしてその行動が病気をつくるってだけです」


会社で毎日上司でガミガミ怒られて病んでいるのに、

帰ってきて「さあ、食事にはこんなふうにして、

体の為にこうしてこうしてやろう! 楽しいぜ!」

なんて「ない」です。



「生きがい」や「やりがい」があっての「健康」です。

逆に「生きがい」や「やりがい」もないのに、

「こうしろ」と言われてできるんですか?


「予防」なんて不可能です。

予防があるとしたら、「生きがい」や「やりがい」を持つことからです。


結局人が動けるのは、体に「問題が発生して」

「痛い」「苦しい」思いをしてからじゃないですか?


「そうならないと人は動けないと思います」


人は「苦痛」を避ける為には動けるのです。


もし人に「痛い」「苦しさ」がなければ、そのままポックリいきます。


「問題が発生して、それがとても不愉快なものだから、
 人間は動くのです」



たとえば、キングコングの西野さん。「病気にはならないです」

食事は誰よりもてきとうです。毎日コンビニのそばとかです。
そしてそれ一食とかです。

睡眠はというと誰よりも寝ないです。1日2時間睡眠です。
それ20年間です。


でも病気にならないってわかるのです。


僕はならないと思っています。これからも。

それでこれはあくまで僕の予測の域です。
でもあたると思います。

それで僕は「はずれてもいい」と思っています。

なにかはずれたら問題がありますか?


はずれた場合、「逆にワクワクします」

病気にならないと思っているのに、病気になったんですよ。

「なぜ?」って思います。

「そこには僕の知らない何かがあるわけです」


それを「知りたい!」と思うのです。

好奇心です。

そして、知る努力をしたいのです。



別の観点からみれば、「かなり酷い奴」です。

人が病気になっているのに、ワクワクしているからです。

しかもその人が死にそうになっているのにです。


「でも僕はそういう奴なのです」


そういうことを昔から人に対してやっています。

「観察です」


予測をして、どうなるかをみているのです。


「ただこれはあくまで1つの観点ですよ」

他の観点もあります。


もしこの観点しか僕がなければ「かなりの社会不適合者です」

「お前は完全なサイコパスだ」と言われてしまいます。


こういう頭の回路は別にたとえば医者にもあると思います。

あくまで「職業」からの観点なのです。

それが職業関係なくなったら、ただのサイコパスです。



キングコングの西野さんは、病気にはならないです。

明石家さんまさんも、病気にならないです。

ただ明石家さんまさんは昔からそう思っていたのですが、
「今はどうかは正直わからないです」

老化もあるし、あと吉本のトップです。

ああみえて、明石家さんまさんは責任感があるのです。

島田紳助さんと違って、明石家さんまさんはテレビの中でしか
生きられない人だと思うのです。

でもそこはトップとしての責任がありますからね。

テレビから離れても「明日のジョー」みたいになりそうだし。
というか、その選択がないと思うんですよね。


こういうことを僕は無意識に考える癖があるのです。


だから僕の人生に「なんでこの人が病気に」になんてないです。

もしなったら「僕はどこで見誤った?」と考えるだけです。

「どこで何をみおとした」と考えるだけです。


僕は昔からそうですが、「全部詰めていきます」

わからないなら、わかるまで、納得するまでその作業をします。


だから最終的に「漏れが無くなる」のです。


こういう作業をなぜやるのかは、「人の病気の予防」です。

もっと言えば、「人は正直どうでもよかったりします」


自分の子供や奥さんですよ。問題だと思うのは。

「奥さんが病気になったら嫌なことないですか?」

大事な人を守る為にやっているだけです。


言ってみれば、「人はその為の判断材料に過ぎないのです」

自分の大切なものを守る為です。


それだけだとあれだから、周りの大切な人も守ろうみたいにはしています。


「他人は僕の実験材料です」

酷い。

別にそんなつもりはないんですけどね。

「好奇心です。」

その思いは根本的に、自分の周りを守るって奴です。


別に他人も守りたいんですよ。

けど関係性がないですから、何か言っても「ただの怪しい人でしょ?」



それで僕がやっているのものは「東洋医学」です。

「東洋医学」を学べば誰でもできます。

「東洋医学」では顔で全部みますから。

口は胃。目は肝臓。耳は腎臓、鼻は肺とかね。

「ちなみに僕は勉強はしていません」


ただ「顔と声」とかで識別しています。
あとその人の出す「雰囲気」ですね。

顔は「視覚」 声は「嗅覚」 雰囲気は「感じる」ですね。

あと多分、嗅覚も使っていますね。五感で識別しています。


別に特別な能力ではなくて、
「赤ちゃんと接するお母さんのようなものです」


何を求めているのかわかったりしません?


「男性はそれがよくわかっったりね。」

「なんでわかるの?」みたいな。


そういうやつです。




健康というのは「生きがい」や「やりがい」だと僕は思っています。

それ以外の全ては「対処療法に過ぎない」と思っています。

根本的な解決にはならないということです。


「生きがい」や「やりがい」は、1番のパワーですから。

結果、長生きをするとかね。


別のものでも長生きはしますよ。

「こんな息子を放置して、死ぬわけにはいかない」とかね。

死ねない理由がある人も長生きはします。

大切な子供を置いて、若くして先に旅立つ人とは「別の理由です」

そことは違います。

ただ執念や怨念みたいなものは「健全とは思わない」ので、
健全なのは、「生きがい」や「やりがい」でしょう。



「生きがい」や「やりがい」を持てば、

自然と健康に気をつけたりするんですよ。

勝手に動いたりするのです。

「頑張らないのです」


ちなみに頑張る人は「恐怖」です。

恐怖の人は「ストイックになりがち」です。

でもそれと結果が出るとは別です。

「そういう人は、やたら健康に気をつけているのに病気になったりします」

それで病気になると本人は理由がよくわからなかったりするのですが、

「あんた根本に恐怖抱えているよ」ってわけです。


恐怖というのは、結構なストレスですからね。

恐怖という感情は、「殺す力がありますから」

気絶死とかあるじゃないですか。

恐怖で人は死ぬってあると思うのです。

ショック死とかね。



「生きがい」や「やりがい」って、「ポジティブな動機なのです」

「恐怖」からというのは、「ネガティブな動機なのです」


ネガティブな動機は「効果的じゃないです」

ザルのようなものです。

「何かをやっても、こぼれていっているのです」


だから、ネガティブな動機から、
「いくら高級なサプリメントをとってもあまり意味がない」
ってことです。


じゃあポジティブな動機から、
「そのへんで売られている、もずくや納豆など食べている方が、
 よっぽど安くて、効果が高い」って思います。



あと食事療法って難しいですね。
人間は機械じゃないから。

「どれだけ楽しんで食べるか。美味しく食べるか。
 味わって食べるか。感謝をして食べられるか」

が重要であったりしますから。

「誰と食べるか」とかね。



その上で食事って「内容」なのです。


「内容」をいくら極めても、病気になって死ぬ人は死ぬのです。


食事療法とか書いている人が、病気になって死ぬとか、日常茶飯事ですよ。

それなら「生きがい」や「やりがい」を極めていった方がいいです。

その上での内容でしょ?



「生きがい」や「やりがい」というのは、教育の問題だと思うのです。

「ようは人生が楽しいってこと」

教育の問題だと思ったので、結局、病気のことを取り組んでも枝だなと思ったのです。

だから「やらなくなりました」

それに時間もかかるし。

あとは「結局僕がやる必要のないことだと気づいたのです」


結局「もっと病気になった家族や周りの人が頑張れ」という話なのです。

他人ごとにせずに。

わからないとかじゃなくてね。

「大切な人に問題が起きているのだから、
 自分ごとになり、必死に解決に取り組めよ」ですね。

そういうことが大事だと思うのです。

僕がでしゃばるものではないと。

所詮僕も素人だし。


「家族や周りの人が頑張れ」というのと、
それだけではどうしようもないものが「専門家」です。

お医者さんとかです。


僕がしゃしゃり出て、病気になった人と2人3脚でとかやっても、

余計に「家族や周りの人が頑張らないのです」

他人任せというかね。


「お前らが頑張れよ」と思うようになったのです。


僕は僕で家族や周りが問題が起きれば、「頑張る」のです。

結局それをやるために「いろいろやってきたのです」

別に僕は他人を救いたいわけじゃないのです。

「自分の周りを救いたいのです」


じゃあ僕が動くより、「みんな勝手に動いて」と言った方が、
1番効果的かなと思います。


「みんなやれることがわからなくて、悩んでいると思うのです」

「やれることはたくさんあるよ」です。




「生きがい」や「やりがい」が、1番のポイントだと思います。

その中に「人生が楽しい」があるような感じです。

ただ「人生を楽しもう!」と言ったところで、
人は変な方にいきがちじゃないですか。

履き違えると思うのです。


「生きがい」や「やりがい」がないのが、1番の問題であり、

それを持つことが1番の解決法だと思うのです。


そうしたらもはや「教育」というジャンルになってしまうのです。



それで「生きがい」や「やりがい」というのは、
とてもシンプルで、たとえば鴨頭嘉人さんはマクドナルドでバイト
していたのですが、別にマクドナルドの社員になることなんて1mmも
興味がなかったのです。

でもそこに本田さんという社員の人があらわれて、

「いいか、鴨頭、この仕事はハンバーガーをつくるのが仕事じゃない。

 人をつくるのが仕事なんだ」

と言われた時に、

「それに魅かれ、やりたい」と思い、マクドナルドの社員となったのです。


「この目にみえないものが、「生きがい」や「やりがい」です」


「生きがい」や「やりがい」はそういう質のものであり、

なおかつ「言葉だけではありません」


本田さんという社員さんが
自分からみて、「こいつクソだな」と思う人だとします。

その人が、

「いいか、鴨頭、この仕事はハンバーガーをつくるのが仕事じゃない。

 人をつくるのが仕事なんだ」

と言っても、

「お前、死んでくれ」と思うと思います。


生きがいとは、別の言い方をすれば
「その人の生き様です」



「人」というものと「何の為にその仕事をやるのかという創作」


この2つが「生きがい」や「やりがい」へのアクセスだと僕は思います。


「生きがい」や「やりがい」は、

そのものや仕事の内容が与えてくれるわけではなくて、

「そのものをどうやるのかという自分側にこたえがある」

と知っておいた方がいいのです。


「生きがい」や「やりがい」を探そうとしたら、

「自分以外のものを探そうとしませんか?」


そうでなくて「自分側にあるのです」


世の中にたくさんのきっかけはあると思うのです。



「いいか、鴨頭、この仕事はハンバーガーをつくるのが仕事じゃない。

 人をつくるのが仕事なんだ」

と本田さんは鴨頭さんに伝えましたが、

別に鴨頭さんだけに伝えていたわけじゃないと思います。

いろんな人にでもないとは思いますが、伝えられた人はいると思います。


「でも他の人はピーンとこなかったのです」

それはそれでいいと思うのです。


「ピーンとくるものを選べばいいです」

ポイントは、

「人」というものと「何の為にその仕事をやるのかという創作」

この2つが「生きがい」や「やりがい」へのアクセスだと思います。



運で言えば、「天運」「地運」「人運」の3種類があります。

ここに必要なのは「人運」ですね。

「人運がなければ、「生きがい」や「やりがい」は手に入れられないということです」

でも「天運」「地運」「人運」は相互関係です。

天運とは、「授かった運」

地運とは、「自分の努力で掴み取った運」です。

人運がなければ、「地運によって、「人運」をもぎとればいい」ってだけです。



「生きがい」や「やりがい」は人が必ず関わりますから、
こんなの「運」としか言えないです。

「運の悪い人は手に入らないってだけです」

ただその運も、努力の介入余地があります。
それをやるかどうかはその人次第です。
運は育むことができます。(詳しく知りたい方は桜井章一さんの本を読んでください。)



ただ探す場所を間違えていたら「永遠訪れないです」


「本当の旅の発見は新しい風景をみることではなく、新しい目をもつことにある。 」

              マルセル・プルースト


です。


自分以外のものを探そうとしたら、
「新しい風景をみようとすることです」

そこに出口はないかもしれません。

そうではなくて、
「新しい目をもつことにある。 」
のです。



「いいか、鴨頭、この仕事はハンバーガーをつくるのが仕事じゃない。

 人をつくるのが仕事なんだ」

と言われた時に、鴨頭さんは「新しい目を持った」のです。


「その瞬間、世界が変わった」のです。



自分の目が変わっただけで、「あと何も変わってないのです」



この目の場所が「人のステージ」と呼ばれる場所です。

「人の器」と呼ばれる「器」の部分であったりします。

「あの人小さい、あの人大きい」と言われる器です。

それも「みえかたが違う」わけです。


「成長」とも言えるでしょう。


あとは「大人になる」という本当の意味もそこでしょう。

(嘘は「大人になれ」というのが、ただの妥協であったり、我慢しろだとか、
「それって本当に大人になるということなのか」というのがあったりしますから。

「お前は俺にお前の都合のいい人間になれと言っているのか」
という話であったりするのです。そういうのは鼻くそだと思うのです。)



自分の「器」や「成長」によって、
みえかたが変わるのです。


そしてその部分を指摘しているのが、
「石の上にも3年」
ということわざの意味だと思います。

辞書を調べると、
冷たい石の上でも3年も座りつづけていれば暖まってくる。
がまん強く辛抱すれば必ず成功することのたとえ。

と言われていますが、

「僕はそうじゃないと思います」


いや確かにその部分はあるのですが、付け加えると、

「3年も続けようとしたら、「器」や「成長」がないと
 続けられないのです」


我慢してやれと言われても、我慢の限界はあります。

「3年も持たないです」

それからかりに頑張ったところで「体の方が先に悲鳴をあげるのです」


「自分やりたくてもやれないみたいになるのです」


なにかしらの「器」のシフトや「成長」がないと、3年は持たないですよ。


それに3年もつと思ったら、
「いきなりとんでもなく相性が悪い上司や、酷い上司がやってくる」
とかあるって思うのです。


「神様、これはなんの試練ですか?」ということもやってきたりします。

「何の嫌がらせ?」と思ったりします。


これが運が悪いかどうかはわかりません。

人間万事塞翁が馬ですから。



そういうのを乗り越えていけば、「みえる景色がある」


それが「石の上にも3年」の意味だと思います。



「生きがい」や「やりがい」は、

持ちたい人が持ち、そして人に影響を与えてものだと思います。

別に教えるというよりは、単に「生きがい」や「やりがい」を持ち、
歩むってだけです。

「その中で勝手に影響を受ける人がいるってだけですね」


だからみんなの健康を守るなら、
日本ならば、ある一定数の「生きがい」や「やりがい」を持ち、
歩む人がいるんですよね。


ただ別に「生きがい」や「やりがい」がなくても別に生きられますからね。


それで人が「生きがい」や「やりがい」を持てないのは、

単純に仕事で「生きがい」や「やりがい」を持ってやらない人がいるからでしょう。

もっと言えば、世の中「物売りやサービス売りばかり」です。


「楽しいか」って思います。


僕は「お客様の明るい未来売りや素敵な未来売り」です。

「楽しいです」



「生きがい」や「やりがい」というのは単純に、

「自分の大切な命の時間を削って、そこに使いたいかどうか」

です。

「私の大切な命の時間をそこに使いがいがあるわ!」
と思うものが生きがいややりがいでしょう。


思えたいなら単純に
「思えるように「新しい目を持つ」」か、
「思えないものを辞めて、思えるものをやるか」
か、
「我慢してやるか」でしょう?


「我慢してやるか」の1つしか選択肢がない人を「バカの1つ覚え」というの
だと思います。


「思えないものを辞めて、思えるものをやるか」もいいのですが、
ただすぐにとりかかるならいいのですが、
「いちいち人は探すんですよ」

「思えるものを探す」んですよ。

「いちいちお前はなんでそんなに時間をかけるんだ」
ということをやらない方がいいです。


「そういう人って、今までの人生にもそんなことばかりして、
 どうせ他のことでもそんなことばかりするわけです」


「おまえの人生は探したりそんなことを考える為にあるのか」
と思います。


「そんなわけのわからないことばかりをすると、
 「努力をする時間がどこにあるのですか?」」


はやくとりかかって、やらないと「何も上達しないでしょ」
「何もできるようにならないでしょ?」



「なんにもできない奴に成り下がりますよ」



「思えないものを辞めて、思えるものをやろう」と言われたら、

「いちいち、「思えるものはないーー」って悩んだりとかね」


アホかと思います。

こういうのはセンスなのです。

思える人はすぐに思えるのです。思えない人はずっと思えないのです。


僕の1番の選択肢は「思えるように「新しい目を持つ」」です。

それが「はやい」です。



「私の大切な命の時間をそこに使いがいがあるわ!」
と思えないものをやっているなら、
「思えるようにするのです」

その為に頭がついていて、考えて、知恵と工夫を重ねて
思えるようにするのです。


「泣かぬなら 泣かせてみせよう ホトドギス」です。

         豊臣秀吉さんです。



「泣かぬなら 泣く鳥永遠探そう ホトドギス」じゃないんですよ。


そういう人が「人生棒に振るのです。本当に」



「泣かぬなら 泣かせてみせよう ホトドギス」です。

それで豊臣秀吉さんは天下をとっていったわけです。



世の中に「物売りやサービス売りばかり蔓延しているから」

僕は、人が「生きがい」や「やりがい」を持てないのかなと思っています。

予測です。

だから「お客様の明るい未来売りや素敵な未来売り」を増やせば
変わるかなと思っています。


多分変わると思うし、やりたいことだし、別に進んで損もないことだし、

だからそれをやっていきたいと思っています。



少し情報提供させていただきました。

何かの参考になれば嬉しいです。







┏━━┓_______________________
┃\/┃ 「誰かにとっての希望の光になろう!」
┗━━┛ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\



ぜひこのメルマガでの感想やご意見等いただけると嬉しいです。

postmaster@peaceboat.info

特に1番僕が聞きたいのが、
「どのようにお客様の明るい未来や、素敵な未来をつくりだしているのか」です。

それが僕の夢ですからそれがつくりだされているのを聞くのは嬉しいです。

次に「お客様の明るい未来や素敵な未来を現在はつくりだせて
いなけれど、そこについて「命がけに取り組んでいるその人の姿」です。」

ぜひ今の日々を報告してくれると嬉しいです。

いただいたご報告やご感想等をもとに
「みなさんにとってよりメルマガで貢献できるよう反映させていただきます。」

お客様の明るい未来や、素敵な未来をつくりだしていきながら、
自分の手に入れたい人生を手に入れていってくださることをいつも応援しています。



ブログ:https://ameblo.jp/atokau

「ブログでいろいろ伝えていますので、何か困れば
その時読んでいただいて、お役に立てればとても嬉しいです。」


自己紹介 kenji
https://ameblo.jp/atokau/entry-12344157903.html


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【今この時代の立ち回り方について】

まず把握していただきたいのが、「競争」から「共生」へのシフトです。

「競争」が男性性の時代のもの。
「共生」が女性性の時代のものだと捉えていただいて結構です。

女性性の時代は、2000年から1000年続きます。
それでまだ時代が変わり、「所詮20年」です。

男性性の時代のものが「色濃く残っていて当然です」

結論だけ言えば「今までのものは捨ててください」

時代が変わっているので必要はありません。


「共生」とは、「共に生きること」です。

まずは「競争の世界」から「共生の世界」への自分がシフトする必要があります。

「そしてその共生の世界の中で、自分のビジネスを構築していく必要があります」


「競争の世界」とは一体なにで、「共生の世界」は一体なにでという
「世の中の現状、全体像を理解した上」で、その上で共生の世界で
自分のビジネスを構築したい方はしてください。

その為の情報を下記にまとめています。
https://ameblo.jp/atokau/entry-12484115610.html


今の世の中の現状は、競争の世界で無意識でわけわからず生きていて、
それは苦しいというのはわかるけれど、「じゃあそこからどうしたらいいの?」という、
「新しい時代のものがみえなくて苦しんでいる人がたくさんいる」と思います。

そのような状態だとは認識してないでしょうが・・

でも多くの方はそのような状態なのです。

だから「新しい時代のものがみえればものすごく仕事がやりやすくなるんじゃないかなと思います。」

その光を与えることができれば嬉しいです。

            kenji



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記事一覧

僕が来年メインでお伝えするのは、「人を理想世界へと導く」になると思います。

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2022年12月31日

「5年、10年、一生涯、仕事に困らないものは何でしょうか?」

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2022年12月24日

コンサルの内容「思いをしっかりと育てる」

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2022年12月17日

来年「貢献しあえる仲間づくり」に取り組んでいただけたらなと思います。

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2022年12月15日

”育てる”という感覚を持って、ぜひ仕事をしてみてください。

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2022年12月04日

僕をきっかけにぜひ「つながりのパワー」を活用して頂けたらなと思います。

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2022年12月02日

「あなたの人生の物語が、確実に進むように。」が完成しました。」

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2022年11月28日

「今、あなたはどんなメッセージを世界に放っていますか?」

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2022年11月25日

「世界に自分が解き放つもの」

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2022年11月24日

kenjです。おひさしぶりです。

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2022年11月23日

「だからぜひこの2つをがんばってもらいたいのです」

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2022年09月16日

「誇り」「やりがい」「志」

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2022年09月15日

「みんなと仲良く!」

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2022年09月14日

やりがいを持てるイコール「その仕事が向いている」「その人に合っている」

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2022年09月14日

「好きややりたいこと」は、心ですが、「やりがい」は、魂です。

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2022年09月14日

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