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生きるために砂を掘るのか、砂を掘るために生きるのか

2019年12月02日

男が懸命に
砂を掘っている。

家の周囲に溜まった砂を
スコップで黙々と掘っている。

掘った砂を
モッコと呼ばれる
運搬用具に入れて運んでいく。

毎晩毎晩
寝不足になりながら
この作業を繰り返す。



ここは海辺の砂丘。

砂丘の大きな窪地の底に
バラックのような木造家屋がある。

その家の前で
男がこうして砂を掻いている。

だがここは、彼の家ではない。

彼は
たまたま立ち寄った旅人だ。

掻いて運び出さないと
じわじわ押し寄せてくる砂で
家が埋まってしまうのだ。

でも、客である彼が
なぜ毎晩砂を掻いているのか?

それは、こんな顛末だった。


今から何日か前。

教員の彼は
3日間の休暇をとって
趣味の昆虫採集のために
この砂丘にやってきた。

新種のハンミョウ(昆虫)を
探しに来たのだ。

採集に夢中になり
夕方になると
帰りのバスが終わっていた。

国道まで歩こうと思っていると
村人から、とある民家への宿泊を
勧められた。

それがこの家だった。


この貧しい村は
一軒一軒の家が
まるで蟻地獄の巣ような
砂の窪地の底に建っている。

おそらく
飛砂(ひさ)を避けるためだろう。

窪地の家には
縄梯子で降りるようになっている。

※飛砂
海岸の砂浜や砂漠の砂が
風によって移動する現象


家には
一人の女が住んでいた。

彼はその夜
夕食を食べさせてもらい
眠りについた。

翌朝
金を払って発とうとすると
地上への縄梯子がない。

上から縄梯子を下ろしてもらうよう
女に伝えるが
女は答えず
ここの生活の話をする。

「ここでは人手が足りない」

「これから冬になり
砂嵐がやってくるが
女手一つでは乗り越えられない」

何を言っているのだ?
自分は今から帰るのだ。

男は問い詰めるが
女は目を背けるように
「すみません」と繰り返す。

「すみません」だと?

驚きと恐怖を感じて
男は家を出て
スコップで地上への道を作ろうとした。

しかし、砂に足を取られて
上がれない。

そして、掘った影響で
砂の斜面全体が
上から崩れてきた。

彼は、砂に溺れてもがいた。

砂の崩壊が大きくなり
危うく、砂に飲まれそうになった。

ここから自力では
地上に上がれない。

彼は、この砂の家に
閉じ込められてしまったのだ。



こんにちは。
「わかるWeb」の国府田(こうだ)です。



●不条理な世界を描く「砂の女」

この物語は
1964年に公開された
勅使河原 宏(てしがはらひろし)監督の
映画「砂の女」です。

原作は
阿部公房の同名の小説。

阿部公房は
シュルレアリスム小説の巨匠で
映画でも脚本を担当しています。

極めて生々しくリアルな
男女のやりとり。

極限まで研ぎ澄まされた
情景描写とセリフ。

砂を背景とした
官能的なシーンもあり

生きることを切り取って描いた
大人の映画と言えるでしょう。

公開から55年以上経った今観ても
非常に前衛的な映画です。


「砂の女」の原作小説は
海外での評価が高く

ロシア語、デンマーク語ほか
二十数か国語に翻訳され

1968年には、フランスで
最優秀外国文学賞(英語版)を
受賞しました。


ちなみに
「シュルレアリスム」とは
美術のダリやマグリット
などで知られるジャンルです。

現実の常識にとらわれず
作者の主観で自由な世界を表現する。

「超現実主義」
と呼ばれるジャンルです。


(以下、映画の完全なネタバレを含みますので、ご了承ください)



●なぜ砂の家に住むのか

電気も水道もなく
ランプが一つしかない
砂の窪地の家。

砂に埋もれてしまうから
掘って掻き出して生きている。

生きるために砂を掘るのか
砂を掘るために生きるのか

わかりません。


なぜ、わざわざ
そんな場所に住むのか。

もっと別な場所に
住めばよいのでないか。

誰もがそう思うでしょう。

しかし物語では
女や村人たちは
ここに根を下ろして生きています。


女の夫と中学生の娘は
昨年の大風で
砂に飲まれて死んでしまった。

二人の骨は
まだ砂に埋まったままです。

それでもここに住んでいる。

「ここが自分の家だから」

女はそう言います。


この物語では
「砂の女」や「砂の家」
そして奇妙なこの村全体が
超現実の世界に感じられます。



●本質を浮き彫りにする物語

ムダを一切排除して
本質だけを残していくと

ごく日常的なのに
非現実的に見えることが
あるように思います。


例えば、我々の毎日の生活。

毎日同じ時刻に起きて
朝食を食べて出かけ

夜になると戻ってきて
夕食を食べて寝る。

もし部屋をカメラで撮って
早回しで見てみると

自分はまるで
判で押したような行動を
とっていることでしょう。

機械のように
正確で規則的なパターンです。

7回のうち1回か2回
いつもと違う時間に起きるだけ。

何年もの間、このパターンは
正確に続くことでしょう。


あるいは
昨今よく見かける風景も同様です。

誰もがいつも
スマートフォンにかじりついて
手放せない。

目の前に美しい風景が
広がっていても
目の前に会話する人がいても

スマホをいじっている。

電車に乗れば
ほとんどの人が
スマホにかかりきり。

車や自転車に乗っていても
スマホを見ながら運転をして
事故を起こすほどです。

まるで、人間が
スマホにつながれた
歩くだけの生き物のようです。


こうしたごく普通の風景も
見方によっては
シュールな風景に
見えないでしょうか。



●水を飲むために砂を掘る

男ははじめ
この監禁状態に抵抗するために
女を縛り上げます。

そして
いつもの砂掻きを女にやらせず
ストライキを起こし
村人に縄梯子を下ろすように仕向けます。

しかし
何日経っても縄梯子は下りて来ず。
誰も助けには来ません。

村人は黙って
遠くから観察しているだけです。

そうしているうちに
溜めてあった瓶(かめ)の水が
次第になくなっていきます。


この村では
水も食料も「配給制」で
与えられているのです。

砂掻きの仕事をすると
地上から、水や食料の
配給品を下ろしてくれる。

やらなければ配給されない。

「ちゃんと働かなければ
生命の保証はできない」
というわけです。

恐ろしい
奴隷のような状況です。


やがて水はなくなり
抵抗を続ける男も
男に縛られた女も
渇きに苦しみます。

そしてついには音を上げて
男は「降参」の印の炎を掲げ
地上から水を下ろしてもらいました。

水を張ったバケツが下りてきたとき
男は
同様に渇きに苦しむ女を押しのけて
自分が先に水にかぶりつきます。

自分の命をつなぐための
生々しい人間の行動です。

こうして男は観念して
砂掻きをすることになったのです。



●水がないと人はどうなるのか

水を飲まないと
人はどうなるのでしょうか。

一般に
水と睡眠をとっていれば
食べなくても
人は2~3週間は生きられるようです。

しかし
水を一滴も飲まないと
4~5日程度で
危険な状態に陥るとのこと。

体が脱水症状をおこすと
体温調節のための汗が出なくなり
体温が上昇します。

血液の流れが悪くなり
体内に老廃物が溜まって
全身の機能が障害を起こします。

体内の水分の20%が失われると
生きていけないのです。

体重が50kgの人なら
10kg(10リットル)の水分を失うと
危険だということです。



●カラスの罠を作る

男は
砂の家の生活に
少しずつ慣れてきます。

人というのは
どんな環境でも
飲み食いさえできれば
順応するものなのでしょうか。

いつしか
女と夫婦のような生活をしています。


時には
家から脱走しようと
下からカギのついた縄を
投げてひっかけ
地上までよじ登りました。

しかし
砂丘を歩く途中で
流砂にはまって溺れそうになり
村人に助けられ
また家に戻って来ました。


そうこうしているうちに
不思議と彼は
村人たちとも
どこか親しくやり取りするように
なっていきます。

でも、脱走のチャンスを
諦めたわけではありません。

彼はあるとき
砂の中に樽(たる)を埋めて
その上に新聞紙を貼り

カラスを捕まえるための
罠を作ります。

カラスが
餌のニボシくわえるや
新聞紙が破れて
樽の中に落ちてしまう
という作戦です。

彼はこの罠でカラスを捕まえて
カラスの足に
助けを呼ぶための手紙をつける
つもりなのです。

「助けてくれ」と書いた手紙です。

まるで
伝書鳩のようなイメージです。

でも、利口なカラスは
罠にはかかりません。

この作戦は失敗でした。

しかし
そのうちに彼は
この樽で、予想外の
驚くべきことを発見します。



●樽に溜まっていく水

彼が樽の中を確認したとき
中に水が溜まっているのを
発見します。

舐めてみると
海水ではなく、真水です。

ここ三週間以上雨は降っておらず
雨水が溜まったわけではない。

どうやらこれは
砂の地面に含まれる水分が
毛細管現象で樽に染み出してきて
溜まった水のようです。

思わぬ発見に、彼は驚きます。

「これで、水の心配は
なくなるかもしれない!」

そして

「研究次第では
もっと効率のよい貯水装置が
作れるかもしれないな」

彼は心躍らせて
ひそかに研究を続けます。



●脱出のときはきた

しかし同時に
もう一つの重大事が起こります。

突如、夜中に
女が苦しみだしたのです。

いつもと違う様子です。

男が異変を感じて助けを呼ぶと
村の男が窪地に下りてきて
様子を見るなり、言います。

「子供だな」

どうやら女は
妊娠していたようです。

男との子供です。

聞けば、以前から
苦しんでいたとの事。

男にはわかりませんでした。


やがて
数名の村人たちが降りてきて
これまで2人だけだった家の中は
にわかに騒然となります。

村人たちは
女を担いでモッコに乗せ
地上に上げます。

男は、騒動の中で
村のリーダーに声をかけます。

しかし
「もうここから出してほしい」
そう言ったのではありません。

彼が手にしていたのは
貯水装置の研究ノート。

何日にも渡って
記録してきたものです。

彼は、貯水装置ことを
村人に伝えたかったのです。

しかし
場合が場合だけに
彼は「いや、またそのうちに」
と話すのをやめます。

彼はいつの間にか
村人たちに対して
一種の連帯感を持ったのか

何よりも
貯水装置のことを話したい
そういう気持ちが
沸き起こっていたのです。


やがて村人たちみんなが
女を運んでいなくなります。

引き上げ忘れたのか
縄梯子が下ろされたままです。

男は縄梯子を上って
地上に出ます。

地上には
誰一人いません。

荒涼とした砂丘だけが
広がっています。

強い風が
砂を散らしています。


茫然と砂丘をさまよう
自由になった男。

しかしその顔には
なぜか喜びがありません。


そして
彼はいつの間にか
砂の家に戻っています。

貯水装置を確認すると
たっぷりと水が溜まっています。

彼にはもう
急いで逃げる気持ちが
消えてしまっていたのです。

それよりも
この貯水装置のことを
誰かに話したい。

おそらく村の人だったら
この装置の価値がわかるだろう。

みんな
水で苦労しているのだから。

彼は装置のことを
話したい気持ちで
はちきれそうなのです。

逃げる手立ては
また今度考えればいい。

彼は、そう自分に呟きます。



●失踪宣告で明かされる男の名前

最後に
裁判所の「失踪宣告」の用紙が
うつります。

「七年以上生死不明のため
失踪者とする
不在者 仁木順平」

映画の最後で
男の名前が明かされます。

失踪して初めて
「名前」が
意味を持ったかのように。


果たして男は
砂の家から戻らなかったのか
あるいはどこかで
命を落としたのか。

それ以上の
いっさいの説明はなく
映画は終わります。



●希望の味

原作と脚本を担当した
阿部公房は

「砂の女」について、そして
「自由」というものについて
次のように語っています。

「鳥のように飛び立ちたい
と願う自由もあれば

巣ごもって
誰からも邪魔されまいと願う
自由もある」

そして、こう述べています。

「砂を舐めてみなければ
おそらく希望の味も分かるまい」


一つの解釈ではくくりきれない
象徴的な場面の連続。

ここでは、余計な評論は
避けておきます。

昨今の映画に
飽き飽きしている人には

たまにはこうした
根源的で核心に迫る映画を
お勧めします。

日常の中の非日常を
是非味わってみてください!



ではまた!



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2019年12月2日 第041号発行

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