このメールマガジンは、日頃書籍販売の現場でご尽力されている全国の書店員様同士のコミュニケーションの一役となれば、という編集者・箕輪厚介の想いから実現いたしました。 具体的な内容といたしましては、箕輪厚介による本の売り方についてのコラムや新刊インタビュー、書店員さんや編集者さんへのインタビューなどを掲載する予定で、月1回・無料での配信予定です。

箕輪書店だより

書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2月号 1/2

2019年02月28日

【今月の目次】

1.今月のコラム 「一生、著者と添い遂げる」
2.本の売り方を考える 「書店で本を売るには可処分精神を奪え」
3.編集者インタビュー 「担当累計部数7000万部! 編集者・三木一馬が目指すコンテンツ中心の未来」
4.書店員インタビュー「本の業界は異常。著者、編集者、お客さんが入り乱れることで、本屋はもっと面白くなる。」
5.新刊インタビュー「読書する3割の人間が助かればいい」 AI時代の人間の質を決めるのは読書だ!
6.出版社営業インタビュー ベストセラーも書店との関係も「たった一人の熱狂」から始まる
7.あとがき

*文字数の関係で、5-7は2通目にお届けします。




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1.今月のコラム 「一生、著者と添い遂げる」
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*編集者・箕輪厚介が最近考えてることや起こったことを気ままに語るコーナー。

Twitterとかでよく誤解されてるんだけど、イケハヤ(イケダハヤト)さんが炎上してたり、僕の担当する著者が事件を起こしたり逮捕されたりというようなアクシデントがあると、「箕輪さんは仲間をかばっている」と思われてるよね。

でも、そもそも僕は裁判官でもなければ警察官でもないんだから裁くようなことはしないよ。その人が正しいことを言っているから好きというわけじゃなくて、むしろその人の個性がいびつで魅力的だから好きなわけ。そんな圧倒的な個性が社会と混ざり合ったら摩擦が起きて当然でしょ? 僕は編集者として真っ当なことをやろうとか、社会正義のためとか、そんな大それた理由で本を出してるわけじゃなくて、単純に面白いからやってるだけ。

この間イケハヤさんたちのサロンが炎上した時、イケハヤさんが自分を批判するやつらをサロンメンバーでも関係なく片っ端からブロックしていったよね。一般的な感覚からすれば「それどうなの?」って思うよ。でも僕が魅力的だ、面白いと思った著者としてのイケハヤさんは元々そういう人間だったからね。あのSNSでの生き様はなかなかマネできないでしょ。でも行為自体が正しいかどうか賛否はあったとしても、その個性こそが「イケダハヤト」だと思うんだよね。

その人らしいところを良いも悪いも全部ひっくるめて引き出す存在が編集者だと思ってる。まさにそれが僕のスタイルだよね。最近は、正義で簡単に人を罰することが多くなってきてる。でも僕は、自分の惚れ込んだ個性が逮捕されようが不祥事を起こそうがその人のことが好きだからずっと味方だよね。一緒に本を作ってきた著者がいくら世間的に間違ってても、好きなことに変わりはないんだから今までの関係を続けるよ。

ちょうどイケハヤさんたちのサロンが炎上した直後にイケハヤさんと対談したんだけど、そんな状況でも関係なく絡んでいくのは、僕がイケハヤさんのことをずっと好きだから。
最近だと宇野常寛さん(株式会社PLANETS代表取締役)と梶原雄太さん(お笑いコンビ キングコング)も揉めてたよね。でも、たとえ宇野さんが間違っていたとしても、僕は宇野さんのことが好きだから宇野さんと添い遂げるよ。

編集者というものは、世の中の「正しい」「間違っている」という声に関係なく、どんなことがあっても最終的に著者側につくものだと思ってる。世間に媚びる必要はまったくないんだよね。世の中の編集者って著者がミスったりしたら、態度を変えたり一緒に仕事しなくなったりするかもしれないけど、僕はそういうことはしたくない。別のことに興味が移ってしまったり、いろんな都合で仕事しなくなったりすることはあっても、著者の世間的な評価が下がったからといって、今までの態度を変えたりは絶対にしない。築いてきた関係はとても大切だし、永遠に守り続けるよ。


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2.本の売り方を考える  「書店で本を売るには可処分精神を奪え」
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*「本が売れない」「出版不況」と言われてる今、ベストセラーを連発する編集者・箕輪厚介がこれからの本の売り方について、日々考えていることを語ります。


『箕輪★狂介』という名前で音楽を作ってCDデビューするんだけど、音楽をやればやるほど気付いたのがCDって売れようがないってこと。ぼくりりくん(故・ぼくのりりっくのぼうよみ)が「音楽が好きな人ほどCDを聴いていない」って言ってたのが衝撃だったね。なぜ聴いていないかというと、音楽の世界ってCDよりデジタル音源のほうが音質がいいから。つまりCDプレーヤーで聴くよりパソコンとかiPhoneで聴いた方が音がいいんだって。僕は、CDプレーヤーを持ってる人が減ってるから売れていないだけで、音質はCDの方が良いと思ってた。でも、デジタルで配信してる方が音質がいいってなると、モノとしてのCDの存在価値は完全にゼロだよね。

それを聞いて改めて、「デバイスとしての本の便利さ」ってすごいんだよなって。音楽と違って本はデジタルよりアナログの方が扱いやすい。スマホアプリで本を読むよりも、紙で読む方が圧倒的に読みやすいよね。古いものを残そうって言いたいわけじゃなくて、紙だから簡単に線を引けて、パラパラとページをめくることもできる。なにより質感がいいよね。

紙で書籍を作った方がモノとしての機能性が高いってことをもっと評価すべきなんじゃないかな。紙であるデメリットは置き場所が必要なことや検索できないことぐらいじゃん。電子書籍が出てきた時は「全ての本がデジタルに置き換わるんじゃないか」みたいな危機感があったけど、それは間違いだったってことだよね。

音楽をやり始めて紙の本はまだまだイケるってことが分かった。「紙の本は売れ続けるでしょ」って言うと「根性論だ、楽観論だ」とか言われて炎上しそうだけど、現実として紙の方が電子書籍より優位性があることは確かだから。それでも、俯瞰的にコンテンツ業界を見下ろすと、大きな問題が見えてくる。それは「世の中にはコンテンツが溢れまくってる」こと。ネットにはNetflixもAbemaTVもあって、当然テレビもLINEもSNSもあって…。こんな世界で、人の時間をコンテンツやエンターテインメントにいかに割いてもらうかっていうのが、企業やクリエイターの悩みの種になってる。

だから、「いかに人の心を奪うか」っていうのがこれからのクリエイターにとって大事になってくる。メタップスの佐藤航陽さんとか前田裕二がよく「可処分精神」と言ってるんだけど、この可処分精神を奪えていないと可処分時間は奪うことはできない。

例を挙げると、「MOOC」が分かりやすい。NewsPicksアカデミアがオンライン講座を受けられる「MOOC」というサービスをやり始めた。落合陽一や佐々木紀彦さんとか、さまざまな人が講師を務めていて、コンテンツの内容は本当に素晴らしいんだよね。あまり関わってないけど、観てみたいと思う。でも、「MOOC」は大してバズってないし、それによってNewsPicksアカデミアの加入者が増えたとも聞いていない。つまり、いくら良いコンテンツを作っても可処分時間を奪えていない。新しいコンテンツに時間を割くほど、みんな時間が余ってないということなんだよね。

​ところが箕輪編集室のメンバーは、箕輪★狂介のどうでもいい歌が出来上がれば、みんなでMVを企画して作ってくれたり、その歌を聴いてくれたりして自分の時間、可処分時間を割いてくれる。『箕輪編集室』と「MOOC」の違いは何かと言うと、最初に「可処分精神」を取ってるからだよね。まさに心を奪っている状態。コンテンツの内容とかクオリティーじゃなくて、人やモノに心を奪われて初めて自分自身の時間を差し出す。だから、これからの時代に本を売っていくことを考えたら、棚に本を並べるだけではまったく話にならない。超優秀な書店員さんでも、素晴らしい本を棚に並べるだけではめちゃくちゃ厳しいと思う。

本屋さんが本気で本を売りたいのなら、NewsPicks Bookみたいにレーベル化して、そのレーベルにファンを作っちゃうのがいい。紀伊國屋書店でも、青山ブックセンターでも、ジュンク堂書店でも、その本屋さんが好きで好きでたまらないという心を奪っている状態にして、その店が薦める本を買ってもらうようにする。

箕輪編集室を見ても分かように、これからモノを売るには、もっとウェットで、アナログで、偏愛的な繋がりを作らないといけない。だから、リアルな場所を持っている本屋さんはやりやすい。あんなに毎日人が来て、交流できる場所は他にないからね。「イベントをやって儲かるのか?」「稼働のわりに本が売れないじゃないか?」と数値が気になるかもしれないけど、まずは「この書店は自分の居場所だ」「この書店が紹介しているものだったら欲しい」と思ってもらえるようにしていくことが大事。お客さんの心を少しずつ奪っていく。可処分精神を取っていくための施策をしていけばいいんじゃないかな。紹介する本の内容がいいことはもちろん、「その書店や書店員が薦めてくれる本なら絶対に買いたい!」という方向にもっていくべき。



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3.編集者インタビュー 「担当累計部数7000万部! 編集者・三木一馬が目指すコンテンツ中心の未来」
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担当した書籍の累計部数は7000万部以上。そんな途方もない実績を積み上げている編集者がいます。株式会社ストレートエッジ代表取締役社長の三木一馬さん。今や世界的にヒットしている『ソードアート・オンライン』を筆頭に、数々のヒット作を量産してきたライトノベル業界のカリスマです。そんな三木さんに、ヒット作を生み出すコツやこれからの編集者にとって大切な考え方についてお伺いしました。



<ヒット作は「9割の安心」と「1割の驚き」から生まれる>

-担当した書籍の累計部数が7000万部以上とは途方もない数字です。漫画を除いた書籍編集者のなかでは日本一の実績なんじゃないですか?

どうでしょうね。調べたことがないからよく分からないですけれども。でも、重要なのは数字じゃないですよ。手がけた作品の面白さです。

-どうしたらそんなにすごい実績を作れるのですか?

とにかく数を打つことだと思いますよ。僕は打率は低くて、実際にヒットしたのは三割くらいしかないんです。身も蓋もない話に聞こえるかもしれませんが、人よりもたくさん本を出しているから売れているんです。そしてもう一つ重要なことは、作品づくりで決して妥協しないこと。売れなかったとしても満足できるものをつくることを心がけるべきだと思います。「これくらいでいいか…」と妥協して、世に出した作品が売れなかったら絶対に後悔するじゃないですか。だから細部までとことんこだわって、「ここまでやって失敗したらしょうがない」と思えるところまで徹底的に努力する。それは途方もない労力と時間かかるんですよ。要は「寝ないでつくれ」って話ですよね。

-作品を「面白く」するためのコツはありますか?

「9割の安心」と「1割の驚き」が大切だと思っています。「想像通りの良さ」と「想定外の良さ」、読者はその両方を求めているわがままな生き物なんです。読者にとって、想定外の事柄が多すぎると、奇抜すぎて誰もついていけなくなる。一方で、全てが予想通りだと、刺激がなく、つまらない作品になってしまう。だからこそ、作品における「安心」と「驚き」の配分には常に気を使っています。

-クリエイティブということをイメージすると、「安心」が9割を占めるというのは意外です。

そうですね。記憶に残るのは「1割の驚き」の方で間違いないと思うんです。でも、読者は作品を読みながら目に見えない「居心地の良さ」を感じてるはずなんですよね。日常を過ごしていると空気のありがたみを感じないように、安心のありがたみって分からないものなんです。だから「9割」と言っちゃうくらい、ある程度露骨に意識しないといけないんですね。奇抜な部分は1割でいい。その代わり、その1割は、すご~く印象に残るようにしなければいけないというのが僕の考えですね。


<これからの編集者は媒体を編集することが仕事だ>

-ライトノベル業界では、投稿サイトに投稿された作品からヒット作がどんどん生まれていますよね。その状況をどう捉えていますか?

創造物が生み出されるチャンスが増えたことは大歓迎ですよね。未開拓で、しかも結構肥えている土地が見つかったようなものです。しかし、そこで育った作物は、勝手に育って勝手に売れていく。それは編集者としてはちょっと悔しい(笑)。ただこの流れは避けられないので、そんな中で編集者が生き残る方法を考える必要があると思います。もちろん独力で飛び立てる人もいるけれど、ひとりでは手が回らない部分があったり、第三者の助けを借りて作品をもっと面白くしたいというニーズも相当多い。編集者はそうしたニーズを汲み取って行動できる、最適な職種であると思っています。

-今と昔で編集者に求められる役割は変化していると感じますか?
そうですね。昔は「面白い作品をつくること」が編集者の主な仕事でした。販売方法も少しは考えていましたが、業務のウェイトとしてはそれほど大きいものではなかった。それは作品を発表できる人が限られていたからです。今では全ての状況が変わりました。インターネットの普及で、誰でも作品を発表することができますし、活躍する場所もある。面白いものをつくるのは当たり前で、いかにして潜在的に「面白い」と思ってくれる人のところに作品を届けるのかを考えることが、今を生きる編集者にとって重要な仕事になっています。

-インタビューでご自身のことを「僕よりも優秀な編集者は大勢いるが、僕ほど自由に動ける環境を整えた編集者はいない」と仰っていました。この辺りを詳しく教えてください。

名言ですね(笑)。編集者は出版社に勤めている人が多いと思います。でもそれだと、どうしても媒体ファーストで仕事をジャッジしなければならない。作家の利益は大切だけれども、雑誌の編集者ならばその雑誌の利益を、書籍の編集者ならば単行本が売れることを第一に考えなければならない。それは出版社のビジネスモデル的にやむを得ない部分もあります。でも僕は作家の利益を第一に考えたかった。面白いコンテンツを一人でも多くの人に届けたかった。そうすると媒体を中心に物事を考える出版社に勤務していて、やりづらいことが非常に多くなってしまったんですね。媒体ファースト的な考え方が、今の時代に合わなくなってきていると感じています。

-出版社を退社されて、現在のストレートエッジを立ち上げたのもそういったことが理由ですか?

そうです。作家にとって一番の喜びは、自分の作品がより多くの人の手に渡って、その人たちが喜怒哀楽を見せてくれたり、その良し悪しを論じてくれることなんです。それが作家にとっての存在証明なんですよ。世の中の一人でも多くの人に、手がけた作品を広めていこうと考えた時、本はもちろん、映像でも、ゲームでも、もっと言えば作家さん自身がYouTubeで宣伝してもいいわけです。なりふり構わず勝負していかなければいけない。今、当たり前のように普及しているインターネットの世界は、すべてコンテンツファーストです。僕は従来の媒体ファースト的な考え方から脱却し、コンテンツファーストである世界を実現したい。コンテンツを中心として、それを届けるために最適なアプローチを模索する。いわゆる「媒体を編集する」ことこそが未来の編集者の仕事だと思っています。そのためには、今の僕のようなポジション。媒体は持っていないけれど、コンテンツを核としていろいろな媒体と自由に組めるポジションが最適なのではないかと思っています。


<物語の届け人は「ドラマ」を売るべきだ>

-出版不況と言われています。編集者や書店員といった書籍に携わる人間はどのようなことを意識するべきですか?

今は情報が氾濫しすぎていて誰も見ない。そんな中、唯一見てくれるのは「ドラマ」があるものなんですね。実際に音楽業界の人たちは、ライブのような「ドラマ」を生み出す体験を売ることで収益を上げています。その方向性は間違っていないと思うんです。書籍に関わる業界もそういう方向へシフトチェンジするならば、「ドラマ」を演出しなくちゃいけないと思っています。例えば書店であれば、その書店ならではの「ドラマ」が絶対にあると思うんです。お客さんも含めて、いろいろな人を巻き込んで「ドラマ」をつくっていかなければならない。この書店だからこそできるイベントや体験をきちんとプロデュースしなければいけないと思います。言うなれば劇場の支配人みたいなものですね。これは口で言うのは簡単。実際に実現しようとすると、非常に面倒くさいんですけどね(笑)。とはいえ生き残っていくためには絶対に必要なことです。

-「ドラマ」をつくるにあたって重要なことってなんですか?

「こだわり」と「統一性」だと思います。例えば湘南にある書店ならば、きちんと湘南らしいコンセプトで「ドラマ」を演出しないといけません。それがブレてしまうような奇抜なことをしても意味がなくて、来てくれる人たちにここならではのものだなと感じてもらわなければいけません。書店に来ているお客さんがどのようなことを望んでいるのか、POS調査等を通してきちんと把握する必要がある。その上で、その人たちが楽しんでもらえるものを逆算して、書店の特色を出すことは、絶対にやらなければいけないことだと思います。

-仮に三木さんが書店員になって、一つの棚を任されるとしたら、どのような棚をつくりますか?

そうですね〜。ちょっと気持ち悪がられるかもしれませんが、「自分の人生を変えた一冊特集」のような棚をつくって、自分をさらけ出しますね。そして紹介した本を読んでくれた人が、どう変わったのかを紹介していくのも面白いと思います。「願わくばあなたの人生変わってくれ」みたいなメッセージを発信して、そのエピソードをインターネットでも発信する。そして、テレビ局の人に「ちょっと取材に来いよ!」と片っ端から声をかけて取材に来てもらう。本棚自体をコンテンツ化、ドラマ化する感じでプロデュースしたいですね。

-それは売れそうですね。最後に、書店員の皆さん向けてメッセージをお願いします。

そもそも僕が編集者になったのは、子供の頃に書籍が身近にあったからです。自分の部屋にテレビがなくて、あるのは書店で買ってきた漫画や小説でした。そうしたコンテンツに触れることで僕の人生が形成されたんです。知り合いの音楽プロデューサーが「人生のベストアルバムは10代で決まる」と言っていましたが、まさにそれで「人生のベスト書籍」は10代で決まると思っています。僕の10代は書店とともにあったわけですよ。
これはもう怨嗟(笑)の念を込めて言いますが、僕が中学生の頃に講談社さんから出版された「AKIRA CLUB」という「AKIRA(大友克洋著)」の特集号があって、それが3年にわたって発売延期になったんです。僕は毎日毎日書店で発売カレンダーを見ながら「今日も続報ない?」と書店員さんに聞いていました。あの時の恨み(?)があるからこそ、出版社に入って「僕は絶対に出版を延期しないぞ!」という強い想いを持っています(笑)。書籍や書店の思い出は、今の自分の礎となっています。書店がなかったら、僕は編集者になっていませんでした。もしこのまま書店がなくなってしまえば、編集者を目指す子供がいなくなってしまうのではないかという危機感がすごくあります。僕は編集者という仕事が好きなので、将来、子供たちにも編集者になってもらいたいという想いが強くあるんですね。そんな子供たちにとって、書店での経験や思い出はかけがえのないものなので、その体験をリアルタイムでつくってくださっている書店員の方々を心から尊敬しています。
出版業界は厳しいと言われていますが、時代に合わせた取り組みをすることで活路は開けると信じています。僕も、”新しい出版のカタチ”を目指すノベル事業(https://note.mu/straightedge/n/na4ef67b3ea01


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4.書店員インタビュー 「本の業界は異常。著者、編集者、お客さんが入り乱れることで、本屋はもっと面白くなる。」
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「本屋ですが、ベストセラーは置いていません。」の理念を掲げ、独自の基準で本を仕入れている大阪の書店スタンダードブックストア心斎橋。書店だけでなく、カフェと雑貨を組み合わせるというユニークなスタイルをとっている。

今でこそ書店と異業種の組み合わせは珍しくないが、オーナーの中川さんがこのスタイルのお店を始めたのは今から13年前。
そんな彼にも、父親の経営する書店で、ベストセラーを売りまくっていた書店員時代がある。ベストセラーが並ぶ書店から、独自路線を歩むことにしたきっかけ。名物書店員中川さん流の教育法。これからのお店作りについて聞いてみた。


<店づくりのはじまりは「こうした方がオモロイやん!」から。>

-本屋さんと飲食、雑貨の組み合わせにいきついた経緯をお伺いしたいです。

中川:元々は父親が経営している書店が高島屋の中にあって、僕はそこで働いていました。そのあと日本橋に小さな店を出してみたんだけど、全然売れなかった。今のスタンダードブックストア心斎橋に到るまでは、いろんな経験をしました。

-このお店の形態に行き着いたのは「本だけではだめだ、他に何かしないと」みたいな気持ちからでしょうか?

中川:いや、どちらかと言うと危機感より「本屋で雑貨も一緒に売ったらいいのに!」っていう気持ちの方が強かった。「雑貨があった方がいいし、コーヒー飲みながら本読めた方がいい。その方がお客さんも喜んでくれるかな?」って考えていました。


-「カフェ」と「雑貨」の着想はどこからですか?

中川:アメリカの本屋はカフェと一緒になってるお店が多くて、いいなと昔から思ってました。雑貨を置きたいというのは、僕が文房具や食器を見るのが好きだから。高島屋の本屋にいる時から考えていて、店に来てくれる出版社の人に毎回そういうことを言い続けていた。
そしたら「中川さんが言ってるような本屋さんがあるよ」ってある人が教えてくれた。それが、ヴィレッジヴァンガードでした。当時は3店舗目ができたところで、僕はお店の名前を聞いたのも初めて。出版社の友達に紹介してもらって、ヴィレッジヴァンガードの3店舗全てを見に行った。実際に見て「やっぱり雑貨と本屋の組み合わせはありなんだ」と確信した。だからヴィレッジヴァンガードから受けた影響は大きい。
ただヴィレッジヴァンガードは、そこの店主の感覚でいいと思ったものを置いてるから、僕のセンスとはまた違うわけ。

-確かにここと、ヴィレッジヴァンガードは雰囲気違いますよね。

中川:選ぶ人が違うから、それで当たり前だと思う。本と雑貨とカフェくっつけたからって、同じ店にはならない。例えば飲食をやるにあたって冷凍食品をたくさん勧められたけど、僕は全部断った。添加物が基本的に嫌いだから。


<お店のカラーは必要、何屋かわからない店に人は行かない>

-そういう選択の積み重ねが、今のスタンダードブックストア心斎橋のカラーに繋がったのですね。

中川:カラーがあったからってうまくいくとも限らないけど、まずはお店のカラーは必要やね。本だけしか扱わない本屋であってもそう。何屋か分からない、カラーのない店には人は行かないから。

-先月の書店員さんインタビューのABC山下さんもおっしゃってました。「本屋さんで品揃えが違うのが当たり前」と。

中川:そうだね。他の商売だったら目当ての品がなくても、他をおすすめしたら買ってもらえるかもしれない。だけど本の場合「この本はないけど、この本はどうですか?」って言っても買ってもらえない。しかもある本を一回買ったら、普通は同じ本をもう一度は買わない。特殊だと思う。
そういう特殊な本という商品を、POSデータを見ながらスーパーマーケットみたいにリピート買いする業種と同じ扱いをするのは厄介だと感じてる。
POSデータをもとに「この本が売れてるんです。お宅もどう?」って言われた通りにやればある程度は売れる。だから似た本ばかり置いてる本屋になるんだよね。

-レコメンドする人の感覚を機械に委ねたってことですね。

中川:そうそう。本を選べる人が少なくなった。機械のおすすめの本を入れるのは、考えなくていいから確かに楽です。なんでそうなったかというと、人を削ってきたからかな。
じゃあなんで人を削るか?って考えたら、本屋の粗利益率って、作業量に対して悪すぎることが原因なわけ。だから根本的な要因を解決していかないとだめやね。うちは飲食をくっつけてみたわけだけど、他にも方法はあるかもしれない。
本屋って考えてやらないとうまくいかないし、結構大変な商売。それが面白さでもあるけどね。あほだったら務まらないよ(笑)。


<「ビジョンのある棚づくりができるか?」が採用基準>

-今回のメルマガのテーマが「教育」なので、中川さんの書店員さんへの教育についてお伺いしたいです。

中川;「自由にしてください」としか言ってない。だって本を並べたくて来てる人たちだから。あんまりこっちがごちゃごちゃ言ったら、好きなようにできないよね。

-では、本の仕入れは他の方にお任せしているんですね。その結果「うーん、ちょっと違う」と感じた場合も言わないのですか?

中川:いや、それは言う。でも、めちゃくちゃになったことは、ないなぁ。昔はあったけどね。だから、そういう人には辞めてらった。もちろん話し合いの上でね。他の本屋で働いたからって、うちの店でできるとは限らない。普通の本屋って、語弊があるけど勝手に本が入ってくるわけ、自分が選びもしてないのに。その本を並べるのがうまいやつは確かにいる。

でもうちの店は、自分で本を頼まないと入ってこない仕組みなわけ。ということは、その前段階として自分で本を選ばないといけない。そしてその前に「この棚をこうしたい」という意思がないとできない。それがない人には無理だと思う。

-細かい指示はしないけど、自分で棚作りのビジョンを持っている人を採用するようにしているということですね。

中川:そう。だからビジョンがない人がうちに来たら苦痛だと思うよ。仕事全く面白くないと思う。でもビジョンがある人にとっては楽しいはず。だって自分が選んだ本が売れた時、とてつもなく嬉しいはずだから。


<理不尽との折り合いのつけ方を乗り越えたある書店員の話>

-引き続き教育という観点での質問です。これまで見た中で良かったとか、印象的な書店員さんの話を聞いてもいいですか?

中川:高島屋時代の話だけどね、書籍売り場で正社員として働いている子がいた。本に詳しいわけじゃないし、言うたら悪いけど、そんなに頭の回転が速いわけでもない。でもその子すごい真面目なんですよ。明らかにえこひいきしてたかな。仕事終わったあと「飲みに行こう」と誘って、僕がいろんなこと言うんです。仕事のことも、全然関係ないことも。僕は話してる内に酔っ払うから、説教みたいになっちゃうわけ。

-おお。

中川:今で言うとパワハラでしょうね。でも、自分なりに「ここまで負荷かけてもいけるな」って見てた。

-期待の現れですかね。

中川:そんな期待してへんけど。

-(笑)。

中川:でも何とかしたいって気持ちはあった。そしたら、彼はある時から一切言い訳しなくなったんです。それまでは言い訳が多かったのに、飲み込むようになった。その時「こいつすごいなぁ」って思った。僕に言われたことで、理不尽なことも絶対あったはずなんです。「俺のせいじゃない」って言いたくなるようなことが。

-はい。

中川:「何か言われるってことは、自分に悪いところがある」と考えて、改善しようする彼の姿勢を見て、怒っておきながら尊敬していました。「こいつすごい。人はこんなに変われるんや」と思って。彼は結局長い間うちの書店で働いていて、親父さんの仕事をどうしても一緒にやらないといけないため辞めました。辞める時「俺あれだけ無茶苦茶言うたから、多分いろんなこと乗り越えられるよ。」って彼に言いました。

-どこに行っても大丈夫だよ! みたいな。

中川:そうそう。そういう理不尽を乗り越えることを覚えたら、書店員はもちろん何でもできる。書店員として特別な教育というより、そういうことは伝えられたらなと思っています。仕事なんて理不尽だらけだからね。僕にもそういう時代はあった。でもそこを乗り越えたら変わるから。


<書店員は誰よりも情報を持ってないといけないからこそ、休む仕組みを作りたい>

-お店の今後について何かやりたいことはありますか?

中川:誤解されるかもしれないけど、儲かることをしたいですね。儲かって、会社、スタッフ、お客様に還元したい。スタッフ全員が有給休暇を連続して何日間も絶対取るとか。そういうことをきっちりやっていきたい。

-「ゆとりのある働き方」ってことですかね?

中川:そう、僕らは人一倍、情報を持ってないといけない職種かもしれないから。まず本を読まないといけないよね。品揃えするには、世の中のことを知る必要がある。もっと映画とか音楽、しかも生のいいやつに触れた方がいいに決まってる。旅に行くと得るものもいっぱいあると思うし。それをお店に還元して、より良いものにしていかないとだめなはずやのに、全くできないから、これからやりたいです。


<残したい! と思うような価値のあるお店にしたい>

中川:あとは、もっと人の力を借りて、ここを誰かが引き継ぎたい! って思う店にしておきたいんです。僕らがやってきた、足跡を残したいとかいうもんじゃなくて、価値のある店にしたいという意味です。

-中川さんの過去のインタビューでの発言で「本屋さんって、何も買わなくてもいることができる場所だから貴重」って仰ってましたが、ここはそういうお店ですね。

中川:「必要ですよね」って言ってくれるようなものを作っておきたいんです。本屋に本があって勝手に読んでていいし、別に読まなくてもいいし、何も買わなくても罪の意識を全く持たなくていい稀有な場所だから。お茶飲めるとこがあったら、お茶飲んでてもいいし、本に囲まれているだけで、幸せな気持ちになる時もある。そういう特別目的を持たずに過ごせる場所が街になかったら、余白がなくてちょっと窮屈すぎるからね。

-たしかに、コンビニとかでも長時間いるのは難しいです。

中川:快適じゃないから無理やろうね。全て本やったら違うかもしれないけど。

-本屋さんには申し訳ないけど、立ち読みして飽きたら違う本いっぱいあるし。本屋さんに行けばいろんなことを知れる。いるだけでも怒られないですもん。

中川:うん。本屋ってやっぱりすごい特殊なもんやなって思う。だから残したくなるお店にしていきたいです。


<編集者、著者、お客さんが入り乱れることで、本屋はもっと面白くなるはず。>

-では最後に。このメルマガを読んでいるのは、書店員さんと約1000人の箕輪編集室のメンバーです。何かメッセージをいただけますか?

中川:編集者が本屋のことを考えて、本屋にメッセージを送るっておもしろいな。そういう時代になったんやなぁ。

-箕輪さんは、従来の編集者さんより型破りですし、出版の業界だけ見るっていうよりかは、全体を見てますよね。

中川:ああいう、変態みたいな人が出てくるのはいいことやね。その人がいることによって、君らみたいに今まで出版業界に関係なかった人が入ってきてくれるから。いろんな人が交わるのがいいね。本の業界は、ほんとに狭い。遊び場いっぱいあるし、友達いっぱいおるはずやのに、わざわざ同じところでぐるぐる回って、同じ連中と遊んでるから。

-その例え、いいですね。

中川:異常だよ。何か見えない結界でもあるの? って言いたくなる。

-箕輪さんが結界越えていってるみたいな感じですね(笑)。

中川:うん。出版社って不思議で、雑誌とかのメディア持ってたら、広告が入るからいろんな連中と付き合うんですよね。広告代理店とか広告主とか。でもそれは本屋には全く関係のない世界らしい。
出版社の感謝会に本屋としてよく呼ばれるんだけど、「こっちは広告関係、こっちは本屋」みたいな席の分け方をするの。こっちから明らかに業界人、みたいな(笑)。そんな感じで全く交流がない。

-(笑)。

中川:もっと著者とか、編集者とか、お客さんとか入り乱れてやれば本屋は、あるいは出版業界自体面白くなるはずだと思うよ。




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*文字数の関係で、5-7は2通目にお届けします。

5.新刊インタビュー「読書する3割の人間が助かればいい」 AI時代の人間の質を決めるのは読書だ!
6.出版社営業インタビュー ベストセラーも書店との関係も「たった一人の熱狂」から始まる
7.あとがき

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【箕輪書店だより 11月号 特別配信】 毎月月末にお届けしている箕輪書店だよりですが、今回は、特別配信ということで、田中泰延さんのインタビューを3回に分けてお届けします。 ----------

2019年11月12日

書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2019年11月号 特別配信 1/3

【箕輪書店だより 11月号 特別配信】 毎月月末にお届けしている箕輪書店だよりですが、今回は、特別配信ということで、田中泰延さんのインタビューを3回に分けてお届けします。 ----------

2019年11月11日

書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2019年10月号

【 箕輪書店だより 10月号 目次 】 1. 今月のコラム 箕輪厚介  2. ロングインタビュー 多様性の時代、書店のコミュニケーションの方法はもっといろいろあっていい。『箕輪書店だより

2019年10月31日

書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2019年9月号

【 箕輪書店だより 9月号 目次 】 1. 今月のコラム 箕輪厚介  2. 書店員インタビュー 変化が激しい時代だからこそ映える魅力がある 代官山 蔦屋書店の書店員、宮台由美子さんが語る思想哲学と

2019年09月30日

書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2019年8月号

【 今月の目次 】 1. 今月のコラム 箕輪厚介  2. 編集者インタビュー 好きなものを好きと言えるように 放送作家・寺坂直毅さんの憧れと愛情が導いた夢への道筋 3. 書店員インタビュー 今

2019年08月31日

書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2019年7月号

【 今月の目次 】 1. 今月のコラム 箕輪厚介  2. 編集者インタビュー 「売り場づくり」がトリプルミリオンセラーを生んだ 『ざんねんないきもの事典』編集者・山下利奈さんに、大ヒット作誕生のワ

2019年07月31日

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