書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2019年11月号 特別配信 1/3
毎月月末にお届けしている箕輪書店だよりですが、今回は、特別配信ということで、田中泰延さんのインタビューを3回に分けてお届けします。
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著者インタビュー
人のことなんて何もわからない。だから自分が『読みたいことを、書けばいい。』
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コピーライター、プランナーとして勤めた電通を退職し、“青年失業家”と名乗りWEBメディアを中心に執筆活動を続けてきた田中泰延さん。今年6月に上梓した『読みたいことを、書けばいい。』は、Amazonランキング「本」総合1位を獲得し、16万部を突破しました。そんな泰延さんに新刊の取材をさせていただくことになりました。
<読み返して面白いと自分が少し嬉しくなる、そんな気持ちで書けばいい。>
──ライターの浜田です。今日は、泰延さんの本『読みたいことを、書けばいい。』についてお話を聞かせていただきます。
田中:はい、みなさんからの質問にまっすぐ答えますと……、カワウソとラッコは同じ動物だという話をしたいのです。僕はこの本の中で、一番大事なこととして言っているのは、科学的な正しい知識を持つことです。“カワウソ”が体長50cmを越えると“ラッコ”と呼ばれるんですよ。“ラッコ”が体長1mを越えると“ビーバー”と呼ばれて、これは全く同じ動物なんです。
──本当ですか?
田中:調べてみてください。
──わかりました。全く別物だと思ってました。
田中:カワウソは英語でオッター(otter)、ラッコはシーオッター(sea otter)と言います。同じ動物が海に出て行っただけなんですよ。本の中では、そのことの学術的な検証が8割です。
──……違いますよね?
田中:あとは、今日みなさんに言っておきたいのは、黄金の致死量について。黄金はよく一本食いとかいいますけど、一本全部食べると致死量に相当する場合があるんです。だから大事にする人は、冷蔵庫で冷やしてちょっとずつ食べる。あとチンして解凍するらしい。
──……いろんな話を聞けそうで楽しみです(笑)。
田中:ところでこの水は、ラベルを取っていますけど“いろはす”ですよね?
──はい、撮影するからラベルを取ったのですが……。
今日は予め取材依頼書をお送りした内容に沿って『読みたいことを、書けばいい。』の話をぜひとも聞きたいです。
田中:何でも答えます。
──ありがとうございます。 出版の話は気が乗らなかったと聞きました。泰延さんといえば、読み応えがあって面白いコラムを執筆されていてファンもたくさんいます。その延長線上で紙の本を書くことへは興味がなかったのでしょうか?
田中:これ今も、僕が嫌々しゃべってるのがよくわかると思うんです。僕はね、何もしたくないんですよ。基本的には家で寝ていたいし、しかもここにあるこの水は、ラベルを取っているけど“いろはす”なんですよ。あ、何の話でしたっけ?
──(笑)。
そうおっしゃっていたけれど、この本ができました。電通を辞められたときから「いずれ本を出そう」とか、そういう気持ちはなかったのでしょうか?
田中:何のために出すのかわからないですよね。出版社がお金を儲けるために出すのが本です。僕には関係ありません。
──ものを書く人として、自分の思想を広めたいとかなかったのですか?
田中:何のために?
──「自分の話を広く聞いてほしい」とか。
田中:思想はTwitterで雑談してるから十分ですよ。
──紙にしたい願望は全くなかったですか?
田中:紙になったら……、もし恥ずかしいことを書いたら恥ずかしいことが残るんですから、できるだけ避けたかった。みんなも気をつけた方がいい。書くってことは、恥ずかしいことですから。Twitterなら自分で消せますから。でも紙の本ができてしまったから、もう消せないですよ。そりゃえらいことです。
──確かにそうですね。
田中:あ、すみません。ちょっとお詫びのメールを送りたいので、少しお待ちください……。
(読み上げながら)
「いま6000字のお約束で40字ほど書けています。しかし、そもそも締切はあなたの都合ではないですか?」
どこに謝ってるかは、さすがに内緒にしておいてください。奈良新聞御中。
──(笑)。
田中:「今こうなってるから原稿が書けていないんだ」と謝るしかない。
──箕輪編集室の取材を受けていただいているから仕方がないですね。
田中:めっちゃ送信した。
──めっちゃ送信しましたか(笑)。
田中:はい、何でも質問してください。
──ええと、本ができた経緯です。電通を辞められる前から『街角のクリエイティブ』でコラムを書かれていたということですけど。
田中:もちろん嫌々です。
──とはいえ、そのコラムは多くの人に読まれていますよね。ニーズがあるからですよね。だから「自分が書いたものは、本になるはずだ!」と思いませんでしたか?
田中:ない。もう一度、これだけは言いたい。写真とか動画を撮ってるみたいだから、カメラに向かって言いたい。
僕は何にもしたくないんです。僕に何かしろと言わないでください。
──じゃあ本ができたことも、ヒットしたことも、本に書かれている言葉で言えば「文字がここに連れてきてくれた」というわけですね?
田中:最初に映画評を依頼されたときは、「一行でもいいから、一行書けば映画を観るくらいのお金は出してあげますよ」と言われました。だから書こうとしたけど、「一行って、それじゃあTwitterと一緒やん」と思って。どうせ書くんだったら、自分が面白いように書こうと。それで読者である自分が読みたいように書きました。だからニーズってわからないんですよ。
よく言うでしょ。最近は本もやっぱりニーズって言いますね。「どこにニーズがあるか」とか「このターゲットを狙え」とか。だけど今取材をしてくれている浜田さんは、隣に座っている奥村さん(ライター)が今夜何を食べたいかわかります?
──わからないです。
田中:わからないでしょ? ということは同じ部屋にいる年も背格好も近い、性別も同じ人のニーズがわからないんですよ。だから人のことなんて、何もわからないんですよ。わかるのは自分のことだけなんです。
でも僕は、奥村さんがいま何を食べたいかわかってますよ。今日このあと天満の「源兵衛」のお肉を食べたいでしょ。
──食べたいです(笑)。
田中:ほら。だってそれは予約してるから。僕にはわかるんです。
でも冗談じゃなくて、広告を作っていた24年間は、人のニーズやターゲットの想定をずっとやっていました。例えば、新商品として水が出ますと。ターゲットは誰なんだと。年恰好はいくつなんだ、何歳くらいの男性か女性か、誰に売れるんだ、誰に売りたいんだということをずっと調査するわけですよ。マーケティングです。
で、「マーケティングから20代女性です」と聞いたら、僕らクリエイティブが「20代女性に売る水かぁ」と考えるわけです。20代女性だから、例えば「下る水です、便秘に効く!」と書くでしょ。でも本当に20代女性は便秘しているのか。本当のところは、僕にはわからないじゃないですか。
仮に奥村さんに「便秘ですか?」って聞いても、だいたい嘘を言うじゃないですか。
──さすがに、はい。
田中:でしょ? ということは、「人のことはわからない」という前提で、スタートした方がいいんですよ。
──そうですね、わからないですもんね。
田中:2020年にオリンピックがあるから、じゃあ2020年の7月に出したらヒットする本は、誰にターゲットを絞って何を書いたらヒットするって決められないですよね。当たるかどうかわからない。そう考えると僕が広告を作ってきた24年間は、ひょっとしたら無駄だったかもしれないと思い始めたんです。それが会社を辞めた理由の一つでもある。
みなさんも何かを書いて、自分が読み返して面白かったらちょっと嬉しくないですか?
──嬉しいです。
田中:それくらいでいいんじゃないかな、というのがその本の主張で、それを2~3行書いて残りはカワウソのこと。
──あれ?(笑)。
田中:あとこの水はラベル剥がしてますけど、“いろはす”ということ。
──はい(笑)。
スキルは違えど、私もWEBライターなので、この本に書いてあることはすごくよくわかります。文字で書いて儲けようと思うなら、他の事やった方が効率がいいかもしれないですもんね。
田中:そうですよ。この本はおかげさまで16万部突破して、ありがたいけど、でもそれって46歳で会社員を辞めたときの年収とそんなに変わらないんですよ、16万部で。ということは、毎年1冊10万部以上のベストセラーを出し続けないと会社員時代の年収を維持できないんです。定年60歳まで。そりゃ無理でしょ。
──来年もですか。
田中:はい、来年も再来年もその次も。だから本を書いて儲けるのは無理。ウハウハとは儲からないですね。
──泰延さんの本だから、これだけ皆さんに広がったと思うんですけど、私を含め一般的なライターだったら文字を書いて儲けようって大変ですね。
田中:儲からないですよ。
──そうですよね。書いて好きだからというか、書く人の気持ちというか、なんで書くのかっていうのをこれを読んで改めて考えさせられました。
田中:税金の話をさせてください。
──はい(笑)。
田中:おかげさまでこの本は16万部突破したけど、そしたら最高に近い税率が来るんですよ。所得税40%、住民税と健康保険を合わせたら5割以上もとられます。ここ何年かの収入の少なさと今年を平均するようにできるらしいので、それをやってもらうんですけどね。あ、今日は税務に詳しい人はいないんですか?
──いないです。
田中:その相談に来る会だと思ってたんですけど。
──違います、取材です。
田中:今日の最後は、僕が皆さんに一つずつ多宝塔を販売しますので。みなさんやっぱり生きてきていろいろ困難な事に当たるのは先祖の霊が祟ってると思うんですよ。みなさんの先祖の霊。これは僕が販売する多宝塔で根本的に供養することができます。多宝塔も三段、五段、七段、十五段、段を重ねるごとに霊の供養が強まっていくので。
──ほんまですか(笑)?
田中:皆さんには十五段とか二十四段とかをぜひ。まぁ、組み立て式ですけどね。
(一同笑)
田中:これ動画を撮っているんですよね? ご覧になっている皆さんも僕から多宝塔をぜひ購入して……。箕輪編集室っていうのは宗教法人ですよね?
──(笑)。
違いますが、そう思われがちな面もありますね。
田中:そうですか。これ以上宗教みたいというのはやめます。集団訴訟されるので。
──わかりました。大丈夫です。
田中:僕は宗教法人です。
──宗教法人。ひろのぶ党ですか?
田中:なんやねん、ひろのぶ党って。
──ひろのぶ党は、エアコンの設定温度は22度なんですよね。
田中:そう22度。今日は16度にさせてもらってる。
<文章で名乗るのはアピールではなく自己紹介。堂々と自己紹介すればいい。>
田中:こないだね、ほぼ日さんで、ちょっとライターさんの講義みたいのをやらせてもらって。
──「ほぼ日の塾」ですか?
田中:うん、「ほぼの日塾」。
──落ちました、2年前。
田中:あ、そうなの。俺も入りたいから一緒に受けようよ。あれは、めっちゃ勉強になるね。若いライターの人から「いろんな仕事を受けてるんですけど、泰延さんの場合は書き出しに“どうも田中泰延です”って自己紹介っぽいのが入ってるじゃないですか。僕はそれができなくて。なんでああいうことするんですか? 自分を売り込んでいるんですか?」って言われて。それは、違うと。
「文章って独り言やけど、誰か読みはる可能性があるから普通に挨拶しているだけなんやけど」って言ったら、すごい驚いてはって。「田中さんのキャラクターなら、それができるかもしれないけど、僕はちょっと……」っておっしゃるんです。
だから僕は「いや、カツセマサヒコを見てみ。彼も大きな印刷会社を辞めて、ライターでやっていこうかなってときに最初から“どうもカツセマサヒコです”って書いてるやないか」と。彼も挨拶しているんですよ、普通に。
だからね、みんなやったらどうですかと、なんか書くとき。“どうも浜田綾”ですと。
──わりと書いてます。可能なら綺麗目な写真も添えて。(ライター、浜田)
田中:そうそう。みんなそれやったらいいんちゃうかな。
──いや、でも排除されます。「こんなんいらん」って。(ライター、奥村)
──媒体によるかな。(浜田)
──下っ端ライターは、そういう仕事しかまだもらえない。(奥村)
田中:いや、「私が書いてるんですから私が自己紹介して何が悪いんですか!ここがいらないというなら、私じゃなくてAI(エーアイ)とかAI(アイ) とかに書かせれば……。(歌いながら)ひとりじゃない〜から〜」って言えば……、
──AIさんですね。それは。
田中:私がキミをま〜も〜る〜から〜
と言えば、何とかなるんじゃないんですか?
──なんとかしてみます。
田中:だって、箕輪さんも編集者なのに「箕輪です。編集します」って言うでしょ。裏にいる人が表に出て矛盾しているようだけど、成り立ってるじゃないですか。
──そうですね。
田中:それでいいと思う。ちなみに箕輪さんとは去年の夏に箕輪さんが水道橋博士とリングで闘う直前に飲んだの。田端信太郎さんも一緒に。
──HATASHIAIですね。去年の8月です。
田中:箕輪さん、ワインをガンガン飲みながらも、すげえ殺気立ってて「とにかくブチのめしてやりますよ」って。「いやいやいや、もっと楽しく飲もうよ」って僕と田端さんとで爆笑してた。何を聞いてもね、「とにかくブチのめしてやりますよ」って言ってた。
──殺気立っていたんですね。
田中:そんな感じですね。
今って何人くらいいるの。田端編集。
──あ、箕輪……
田中:あ、田端じゃないわ。田端は田端大学だね。
──はい、今800人くらいです。
田中:800人! すごいやん!
──オンラインサロンで、毎月入れ替わりがあるので人数も変動しますけどね。
田中:その800人中、今6人くらい見てるんちゃう、生配信?
──今は3人ですね。もっと増やしたい。平日なので後で見る人もいるはずです。
田中:これ録画されるの?
──はい、残りますよ。
田中:恥ずかしい!何にもカットしないでくださいね。
──どっちなんですか(笑)。はい、もちろんカットしませんよ。
<書く人が言葉の定義を理解していないと、読む人はもっと理解できない。言葉の精度を上げるには。>
──本の話に戻りますね。この本には文書と文章の違いや随筆の定義など、言葉の定義の話がありますよね。この本に書かれているような文章の書き方に関する持論は、いつからあったんですか。
田中:それはもう大昔からです。お金を出して買った本でも、言葉の定義が最初と最後でズレている本って、いっぱいあるんですよ。うっかりしてる本とでも言えばいいかな。「これ意味合い違うやん」ってね。
言葉の定義をするときに、自分の言葉にカッコでくくったりとかして但し書きをつける書き方がありますよね。しかもずっとそれで最後まで押し通す本。でもそれは共通認識じゃなくて、その人の考えで使ってる言葉だから、相手にとって意味不明だと思うんです。
自分が言葉の意味をわからずに書けば、相手はもっと意味不明です。だから当たり前だけど、そういうときは辞書を引いて言葉の定義をはっきりさせる。
辞書を引いてもピンとこないときは、自分で定義を考えてみることです。
この本にも書きましたけど、趣味の定義って何だと思いますか?素直に答えてください。趣味って何ですか?
──楽しいと思えること?(ライター、奥村)
田中:あー、それも間違いではないけどね。でも苦しい趣味もあるからな。はい、では浜田さん。趣味って何ですか?
──あー…。好きなこと?(ライター、浜田)
田中:好きなこと。なるほどね。まあ嫌いなことは趣味じゃない。はい、ではあなた。趣味って何ですか?
──お金を稼がなくても楽しいこと?(配信、氷上)
田中:あのね、いろいろあるんだけど、今の3つの答えは趣味の一面なんだよね。俺、もっと考えていくと趣味ってなんだろうと思ったのね。例えば、飲んだ後のペットボトル集めてる人っているでしょ。
「飲んだ後のペットボトルを家で3000本溜めてます」っていう人がいたら、それは趣味なんです。そもそもペットボトルって何のためにあります?
──飲み物を入れるためですかね?
田中:うん。じゃあ飲み終わった後のペットボトルって、もはや用はないでしょ? ペットボトルは、飲み物を入れるという目的のための手段なんですよ。
でも単に手段であるペットボトルを集めたら、他人から「そんなもん3000本も集めて、変な趣味やなお前」って言われる。趣味になる。
ていうことは、手段と目的がすり替わってることが趣味なんですよ 。
──(一同)あー!
田中:つまり、ペットボトルは、水を飲むっていう目的のための手段なのに、その手段のペットボトルが目的化している。
こんな風に1つ1つの言葉に当たっていかないと、書いているときにわけがわからなくなってくる。
これも本の中に書いたけど、ある文章を書くときに俺、急に「幕府」ってなんやと。説明できない、みたいな状態になって。
そんで、絵解き日本辞典的な「英語で観光客に日本を説明しよう」みたいな、すごい簡単なイラストつきの本に、「Kamakura military government」と書いてあった。軍事政権。要は幕府は軍事政権なんですよ。
──あー。それを英語で聞いたら「あ、そっか」ってなるかもしれない。(ライター、浜田)
田中:こんな風に言葉の定義をしっかりしたら、自分が何を書いてるかわからなくなることがなくなるし、読んだ人もわからなくならない。という風に、僕は思っているんですよ。こういう行為が大事じゃないかなと。
──言葉の意味を1つ1つ調べたり定義を考える行為は、電通にいらっしゃるときからやってらしたのですか? それとも、もっと前からでしょうか?
田中:俺、思うんやけど、文章って、中高ぐらいのときに、かなりその基礎ができるんじゃないかな。そんときにたくさん本を読む。
そうしたら、いろんな人が使ってる言葉に触れる機会が増えて「この本とこの本で言葉の意味が違うってことは、 何か考え方のズレがあるんやろうな」ってことに気づくっていう。
だから若いときにいっぱい本を読めるといいですね。もちろん、大人になってからでもいい。ただ「私、本をたくさん読んでいます」って、年にビジネス書200冊とか読んでいる人がいたとして、それはちょっと違うかな。
手塚治虫の名言があってね、「漫画から漫画を学ぶな」って。
──確かに。(ライター、浜田)
田中:成功したい人が、成功できるための本を100冊読んでも成功しないですよ。
やっぱり中高大の時にいっぱい本読んどくといいんすよ。で、その時にいっぱい本読んでなかったっていう人は、慌ててビジネス本ばかり読まずに、クソ長い小説とか読んでみてください。ドストエフスキーとか。
浜田:おすすめは 。
田中:司馬遼太郎がおすすめです。長ければ、長いほどいいです。つまり、長く書いた理由があるから。うーん、そうなんですよ。
長いの読んだら、言葉に対する自分の精度が上がっていくんちゃいますかね。
「世界の名作」と言われていて、全二十何巻ある小説が、最初と最後で言葉の使い方
がでたらめだとしたら、世に残ってないわけですから。最後まで一貫してすごいってことは、きっちりしてんですよ。
──本をたくさん読んで、言葉について日々考えながら過ごしてきた経験が今に繋がっているっていう感じですかね。
田中:はい。まあ、それも屁理屈かもしれないけどね。
──いえいえ。
田中:僕ね、思うのよ。いろんな能力、野球が上手いやつ、足が速いやつ、生まれつき背が高いやつ、 顔が美しい人。それって大体生まれつきやと思うんです。
だって俺、今からどんだけ練習してもメジャーリーグの選手にはなれないし。
──うーん。確かに。
田中:ね。どんだけ整形しても、ファッションモデルにはなれないから。
──ふふふ(笑)。
田中:だからほとんどの事は生まれつき。でも、生まれつきっていうのはすごい大事で、生まれつき自分が何向いてるかを、見あやま……、
(遠くで泣いている声)これは誰が泣いてるの?
──猫? 子供?
(雷の音がする)
田中:あ、また雨降りそう?
ちょっと待ってね。
(慌ててパソコンを開く)
──(笑)。
雷は何か関係あるんですか?
田中:洗濯物を取り込まないと。おばあちゃんに連絡を。
(文字を打ちながら)おばあちゃん、洗濯物を……。
──大事なことです。ぜひ連絡してください。
田中:すごい大事。だってさ、洗濯干して全部濡れてダメになるって、人生の中で辛いことTOP3ぐらいに入るくらい辛いやろ。
──入ります。本当に辛いです。
<「自分の資質がどうか?」を見極めてからスタートを切った方がいい。>
──ええと、先ほど生まれつきの話が出ました。泰延さんって、小さいときから本が好きで、書くのも好きという傾向がありましたか?
田中:なんやろ...…。好きっていうか、自然にやってたんでしょうね。あと家庭環境が大きいと思います。うち父親が本を読む人で、とにかく本に囲まれていました。家の部屋の壁すべてが本やったからね。
──占いをされてるんでしたっけ?
田中:そう、占い師。で、占いっていうのは、基本、中国の古典を全部読まなダメなんですよ。『易経』とか、古典を漢文のままね。だからもう本だらけだったんです。
──それはまさしく環境の力ですね。
田中:うん、環境は大事。「なぜそうなれるのか?」「何をしたら、何をゲットできるか?」っていうのが、基本的なビジネス本の考え方じゃないですか。それはそうなんだけど、その前に「自分の家庭環境がどうだったか?」「自分の資質がどうか?」っていうのを見極めてからスタートを切った方がいいんじゃないかな。“なりたい”と“なれる”は違うから。
──そうですね。
田中:“憧れる”と“なれる”は全然違う。“向いてる”が一番いいんですよ。
野菜を売るのに向いてる人は、文字なんか絶対書かずに、野菜の卸問屋になった方がいい。それで面白い本を買って読めばいいんですよ。これね、船曳建夫さんという学者さんが言ってたんだけど、
「ワインに詳しくなりたかったら、ワインの勉強して、ソムリエみたいな知識を身につけるのは遠回り。金持ちになってバンバンワインを飲めば、おいしいかまずいかってすぐわかる」と。
──確かに。
田中:そう。だからやっぱり見極めることが大事。
──見極めるコツってありますか? やりたい気持ちが強いと、向いてるかどうかって、わからなくなってくるときがあると思うんですけど。
田中:ある程度、お金を払って、「俺は、私は、憧れにだいぶ金を払ってねぇか?」と思ったら、それは向いてないんじゃないかな。
習い事とかね、ビジネス書とかね、人の憧れを食べるのがそういうビジネスやから。
極端な話、「ニューヨークヤンキースで打席に立てるか」って考えて、いくらやっても立てなそうだなと思ったら、野球で有名になろうと思うのはやめた方がいいよ。しかも野球だって、そもそもリトルリーグとかせめて中高で野球部入ってないと、厳しいよね。
でも文字に関しては、全員が書けるから、「文字を書いて有名になれるかもしれない」と思うわけよ。だから夢を食べられやすいの。
──確かに。今はSNSとかで気軽に発信できるから「ちょっといけるかも」って思っちゃう人が多いと思います。
田中:そう、これはね、AV女優が女優になる話と近いですよ。AV女優から「元セクシー女優」とかいってテレビとか映画でも有名になる女優っているでしょ。でもそれはAV女優1万人につき、1人いるかいないか。いや、AV女優10万人に1人かもしれないですよ。でも、その1人になれなかった、10万人の、人前でセックスだけして死ぬ人がいるわけじゃないですか。
──そうですね。
田中:だから「自分はそっちになってしまうのではないか」と思ったときは、自分の仕事を見直しした方がいいです。ひどいことを言いたいのではなくて、みんなが向いてることをやった方が、絶対明るく生きられる。憧れることがあることはいいことやけどね。
──向いてることはしつつ、憧れている方向に近づけていくのはどうでしょうか?
田中:これもある人に言われたんだよ。スターってさ、最初っからスターなんだよね。スターになる人って、10代とか20代で華々しく世に出るじゃない。だからそうじゃない人は向いてないんじゃないかな。
だからこそ……、だからこそ自分の好きなようにする。「何かになりたい」じゃなくて、ただ自分が面白いから書いたらいいんじゃないって。それがたまたま人の目に触れたら、面白いことになるかもしれないよ。というのがこの本の趣旨なんですよ。あとはカワウソの……あかん自分で笑ってるわ(笑)。あとはカワウソの話なんです。
──笑ってましたね(笑)。
田中:しまった(笑)。
──カワウソね。ビーバーとラッコ、全部同じだという。
田中:1トンを超えると、セイウチと言われています。
──同じだったんですね。
田中:生物学的には、全く一緒です。
──なんか、今、ちょっと今考えてはりましたけど、大丈夫ですか(笑)。
田中:(笑)。僕の説です。
──説!?
田中:説は自由。僕は「カワウソはラッコになる党」で立候補したら、たぶん当選しますよ。
──マニフェストは何ですか?
田中:マニフェストは、カワウソがラッコになることを証明する。
──なかなか時間のかかりそうなマニュフェストですね(笑)。
田中:うん、かかりそう(笑)。
──ええと、本を読むのが好きだったと。じゃあ、どちらかと言えば、本を読むのが好きな子みたいな。
田中:そうですね。
──例えばライターの古賀史健さんが「昔から書くのが得意でこういう道でいけそうだ、という自信があった」みたいな話を読んだことがあるんですけどね……。
田中:古賀さんは、若い頃、腹筋をシックスパックに鍛えて、渋谷のセンター街で上半身裸で、人に腹を殴らせてたんや(笑)。
──え!
田中:本人にそれを言うと「だいぶ脚色されてる」って言うけどね。なんか違うらしい。古賀さんの若い頃の話を総合すると……、金髪に染めてた時代がある。それから腹筋をやたらに鍛えて、友達とかに「ちょっといっぺん殴ってみ? かてぇだろ?」って言っているときがあったらしい。それから渋谷のセンター街はよく行ってたという話なんですよ。この話を総合すると……、
──いや、その総合の仕方は……(笑)。
田中:総合すると、いや、科学的姿勢じゃないですか。いくつかのファクトを総合することで結論を出すことが科学じゃないですか。だから、古賀史健さんは、渋谷のセンター街で、上半身裸で、金髪で、腹筋を人に殴らせていた。
──それだいぶやばい!
田中:それはもう僕の科学です。
そんな彼が、なぜ書く仕事になったのかはもうちょっと調査が必要です(笑)。
──分かりました。
とにかく泰延さんが小さいときから、本に囲まれて育って、それが今の泰延さんを形作ってきていたということですね。
田中:そういうことですね。面白いよ、本って。あとは古典が大事かなって思うんですよ。さっき言った、ロシア文学とかフランス文学とか、源氏物語でもいいですけど、アホほど長いものがいい。やっぱり古典なんですよ。古典って何がすごいって、書かれてから200年とか経過しているものが、今日も印刷されている。すごいでしょ?
──すごいことですよね。
田中:うん。今日も岩波書店とかはせっせと「今日も20冊くらい刷っときましょか」って本を刷ってるんですよ。200年前の、著作権も切れているやつを、丸儲けのやつを! お札を刷ってるようなもんですよ、200年間。
──いいですねぇ(笑)。
田中:うん、すごい。でもそれくらい歴史に耐えて「これは世の中から消したらあかん、おもろいから」って残っていくものの凄さ。青空文庫を見るだけでもいいですよ。タダだからね。
こちらのインタビューは3回に分けて配信します。明日22時にまたお届けします。
インタビュー 浜田 綾、奥村佳奈子
テキスト 今井慎也、安里 友芽、佐伯美香、塩谷麻友、原田美鈴
撮影 遠藤稔大
編集 浜田 綾、奥村佳奈子
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