書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2020年1月号
【箕輪書店だより 1月号 目次】
1. 編集者インタビュー
「自分が知りたいと思うか」「面白いかどうか」が判断軸。
日経BP編集者の宮本沙織さんが語る、これまでとこれから。
2.書店員(書店オーナー)インタビュー
時間を積み重ねることが、価値となるものを手掛けたい。
書店オーナー中里聡さんが語る、本好きのコミュニティ作りから始まった兼業書店の話。
3. あとがき
箕輪書店だより 編集長 柳田一記
----------------------------------------------
1. 編集者インタビュー
「自分が知りたいと思うか」「面白いかどうか」が判断軸。
日経BP編集者の宮本沙織さんが語る、これまでとこれから。
----------------------------------------------
取材場所に現れた、ショートカットの似合うすらりと背の高い女性。日経BP編集者の宮本沙織さんです。われわれの取材に対し、終始、明るく笑顔で語る彼女でしたが、その言葉からは一編集者の在り方を日々模索されている様子が伝わってきました。誰が書いたかではなく、誰が編集したかでも本が選ばれる時代。『「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義』(文響社)や『子どもを一流ホワイト企業に内定させる方法』(日経BP)の編集を手掛ける宮本沙織さんのキャリアや本作りへの思い、そして書店員の皆さんへのメッセージをお届けします。(取材時:2019年12月)
<三者三様の出版社を経験。一編集者としてまだまだ本作りに没頭したい>
―本日はありがとうございます。今年はハーフマラソンに挑戦されたそうですね。
宮本さん:そうなんです。とにかく興味があることはなんでもやってみることにしていて。ハーフマラソンは友達も誘わず一人で応募して一人で走りました(笑)。12月頭の大会に向けて9月に練習を始めて、合計150kmくらい走り込んだのかな。何を得られたかは分からないんですけど、単純に気持ち良かったですね。
―宮本さんはストイックなほうですか?
宮本さん:私は結構なまけもののほうです(笑)。何でもだいたい3ヶ月しか続かなくて、ハーフマラソンも練習期間が3ヶ月だったからやり切れたんだと思います。新卒入社した三笠書房に在籍していたころは、「10万部突破している本を1日1冊読む」という目標を新年に立てたこともあったんですけど、それも3月までで終わっちゃいました(笑)。
どうしても売れる本が作りたくて、「売れなければ価値はない」くらいに思ってたとき、この目標を立てました。実際やってみて分かったのは、売れる本に共通する“法則” はないのかもしれないということです。面白い本もあれば、私には響かない本も多かったです。最初だけちゃんと読んで、あとは飛ばし読みしてしまう本も多かったですし、面白くて、勤務時間中につい全部読み込んでしまう本も結構ありましたね(笑)。
こんな経験から始まりが面白くないとダメだ、ということは分かりました。たとえ後半の章にいいことが書いてあったとしても、最初に面白さが伝わらないとなかなか最後まで読もうと思ってもらえない。逆に最初にグッと引き込まれれば、つい最後まで読んじゃう。私もそんな本が作りたいと思いました。
―三笠書房の次に文響社に転職されていますね。どんなきっかけがあったのでしょうか?
宮本さん:三笠書房は6年半くらい在籍しました。とても熱心に教育してくれる社風で、特に上司の指導が丁寧でしたね。取材同行や質問項目の確認、編集原稿も、毎回かならず目を通していただけて。新卒のころは、上司に赤字をたくさんいれてもらい鍛えていただきました。ただ、毎月1冊のペースで本を作っていくなかで、もう少し自分の裁量でやってみたいと思い始めたのが転職のきっかけです。
すでに出版不況といわれていたころで、本はもうダメなんじゃないかと出版社以外の転職を考えたこともありました。でも、「どうしても売れる本が作りたい」という気持ちはこのときもありましたし、別の業界へ転職してから出版業界に戻るのは難しいかもしれないと悩んだ末、創業80年を超える三笠書房とは真逆の創業して間もない出版社で編集をしてみたいと思うようになりました。
―そうして転職されたのが文響社ですね。
宮本さん:はい、文響社は2010年創業の若い会社で、私が入社した当時の平均年齢は30歳前後だったと思います。三笠書房は創業1933年で、比較的中高年層の厚い会社だったので、本当に何もかもが違いましたね。
文響社に入社して間もないころ、地方の著者に会うため上司に出張許可を取ろうとしたら、「別に聞かないで行っていいよ」と言われて。これまでだったら上司も一緒に行く話になっていただろうから、「あ、もう全然違うんだ」と気持ちが切り替わりました。自分の裁量で進められる環境は、三笠書房で色々叩き込んでもらったおかげで困ることもほとんどなく、もの作りが純粋に楽しかったです。
担当した本のほぼ全部に新聞広告を打っていただきました。自分が思い描くものを作って世の中に出して、さらに広告まで出した結果、その本の売れ行きがどうなったかを見ていくのはとても勉強になりましたし面白かったです。広告に合わせて書店さんにも広く展開していただいていましたから、万が一売れなくても言い訳なんてできません。それでも、気合をいれて作った本が全然売れなくて切ない思いもしましたけどね(笑)。
そのころは、本を作るときも広告をベースにして「みんながいいと思ってくれる本はどんな本だろう」とずっと考えていました。あとは、担当者と一緒にテレビに売り込みに行ったり、番組の企画書を送ったりしたこともありました。
―文響社に入社されてからもとても充実した編集者キャリアを積まれていたと感じるのですが、1度目の転職から4年弱で日経BP社に転職されていますよね。さらに環境を変えようと思われたのはなぜですか?
宮本さん:20代で編集長の肩書きをいただき管理職となったことがきっかけかもしれません。ありがたいことではあったんですけど、会社の拡大につれ部下も増え、編集者として本を作る以外の仕事が徐々に増えていきました。やがて「本を作る冊数を減らしてもいいから、編集長としての仕事を優先してほしい」と言われるようになり、疑問を感じたんです。私のやりたいことって何だろうって。
管理職をやるにしても、もっと本を作っていろんな経験を積んでからと私自身は思っていました。だから、会社の意向と私の描いていたキャリアの足並みが揃わなくなってしまったのが2度目の転職の理由だと思います。悩みましたが、幸いなことに日経BPに採用していただきました。
―こちらは今年(2019年)の6月から働かれていますが、半年経ってみていかがですか?
宮本さん:自由に本を作らせていただいています。この半年で、『ミスしても評価が高い人は、何をしているのか?』『子どもを一流ホワイト企業に内定させる方法』や『苦手な人を思い通りに動かす』を作りました。今は、本の売り方は会社によって全然違うということを絶賛勉強中です。
出版社によって、勝負をかけてドカンと刷るところもあれば、堅実にいくところもあり。ロングセラーの多い出版社もあれば、短期の勢いをつけるのがうまい出版社もある。それぞれの良さがあると感じています。ただ、本のジャンルごとに相性のいい売り方、伸びる売り方がやっぱりあるのかなという気もしています。もちろんまだまだ挑戦していきたいので、もっと勉強して頑張りたいと思っています。
<読者の行動につながる本を目指して。納得できる根拠を示し、再現性を高めたい>
―宮本さんは今後どんな本を作っていきたいですか?
宮本さん:就職活動をしていたころから、文芸などのフィクションよりもノンフィクションやビジネス書に興味があり、「ずっと読みたいと思われる役に立つ本」を作りたいと思ってきました。
編集を始めたころは、いいノウハウが載っている本が役に立つ本なのかなと漠然と思っていました。やがて、長く読んでもらうためには、エビデンスというか、裏付けや根拠のあるもののほうが、より多くの方に、再現性と納得感を持ってもらえるんじゃないかと考えるようになりました。
それと、さっき自分を「なまけもの」と言いましたが、私ってやらなきゃいけないことを全然やりたくないときが多いんですよ(笑)。洗濯物を干すとか、書類を出すとか……。たいていのことはいざ始めると結構早く終わるのに、やりたくない。なんでこんなにやりたくないんだろう、なんて考え始めるわけです、やるべきことをやる前に(笑)。そんなとき、もしやる気スイッチがあるとすれば、それは脳なんじゃないかと思い、根拠の切り口として脳に興味を持つようになりました。
とくに文響社に入社した直後はその思いが強くて、『16万人の脳画像を見てきた脳医学者が教える「賢い子」に育てる究極のコツ』やリハビリの専門家の先生に話を伺った『すぐやる!「行動力」を高める”科学的な”方法』など脳関連の本を3冊連続で世に出すことができました。今は、脳以外にもやる気スイッチはあるんじゃないかという仮説を持って、脳に関わること以外での人間の行動や習性の裏付けとなるものを探しています。
あと、今後は翻訳書をもっと手掛けたいとも思っています。翻訳書はすでに海外で発信されているものになるので、良い作品を見つける宝探し的な要素があるんです。海外では学術的なものやビジネス書でも概念的なものがベストセラーになりやすいので、日本人が好む内容との落としどころを探りつつ、いい本を探していきたいですね。ただ、やはり英語の壁は高いです(笑)。1冊を読むのもなかなか時間がかかるので、洋書の目利きを探すことも並行して模索しています。
実は日経BPに入社したいと思ったきっかけは、同社が出した翻訳書『FACTFULNESS』を読んだことが大きいんです。きちんとしたデータや統計を読み解くことによって思い込みを外すという切り口は、人を動かす力があるなと感じました。実際、この本を読むと、世の中の捉え方が少し変わると思うんです。「なんだ、案外今の世の中って悪くないな」みたいに。……自社の本だから言っているわけではないですよ(笑)。
私が作る本も、読者の方が本を読んだあとに、少し考え方が変わったり、何かしらのアクションができるようなものを目指しています。例えば、本に書いてあったことを毎日の行動に取り入れてみようとか、もう少し詳しく知りたいからもう1冊読んでみようとか。やっぱり本を読んだだけで終わってほしくないんですよね。何でもいいので何か一つでも行動してもらえたらと願いつつ、これからも本を編集していきたいと思います。
<書店員も編集者ももっと自由に。書店へ行く楽しみは、本との意外な出会いにある>
―最後に、書店や書店員さんへのメッセージをいただければと思います。ちなみに宮本さんは書店にはよく行かれますか?
宮本さん:うーん、正直、編集者としては、書店にいく回数は多くないと思います。今の会社は神谷町にあるんですが、私が入社する3ヶ月前に近くの本屋さんが閉店してしまいました。書店が身近にない環境はさみしいですね。反対に、出かけた先の駅でたまたま書店に遭遇すると嬉しい気持ちになります。それだけ「駅前の本屋さん」が当たり前じゃなくなってきている、ということかもしれませんが。
書店に足を運ぶ醍醐味は、その本屋さんでだけ出会える本がある、ということだと思います。多くの書店ではそれほど展開されていない本なのに、その書店でだけ、イチオシ扱いされている本ってありますよね。私にも、数軒、「あそこの本屋さんは、この本と出会えたところだから、また面白い本があるかもしれない」という理由で通っている書店があります。そういうふうに、ちょっと遠くても行きたいなって思わせてくれる本屋さんがいっぱいあるといいですよね。あっちの書店とこっちの書店で、違う本に出会いたいというか。
編集者としての仕事のなかでは、本を作るなかで迷ったときは積極的に意見を聞くようにしています。最近も、ある本の装丁を4パターン送らせてもらって、その中から書店員さんがいいと思うものを選んでいただきました。すっごく迷っていたので、売り場の意見を聞かせてもらえてとてもありがたかったです。
書店員さんは毎日たくさんの本を見ていて本当に大変だと思うんですが、そんなふうに意見をいただいた本が発売になったときに、「あ、この本、あのときの!」と1ミリでも思ってくれたら嬉しいですね。
―もし宮本さんが書店員だったら、どんなことをしてみたいですか?
宮本さん:単行本を企画・編集するときは、書店のどの棚に置いて売るかをイメージして本を作ることが大事、とよく言われますが、個人的には正直もっと自由になるといいなと思っていて。企画を立てるときに異なるジャンル同士をかけ算して考えることも多いんですが、そうして出来上がった本は、一歩間違うと置く棚がなくなってしまうんです。この本はビジネス書でもない、健康でもない。じゃあどの棚に置く? そもそも“ザ・ビジネス書”にするほうがいいんじゃない? と、非常に悩みどころです。
ジャンルの垣根に関しては、うまく展開されている出版社さんや編集者さんもいらっしゃるので、ノウハウを教えてほしいです(笑)。あとは物理的に難しい面があるのは承知ですが、自分が書店員だったらあえて「ジャンル不明の迷子のコーナー」のような棚を作ってみるのはやってみたいですね。他にも、飛び道具的に書店の今月の一押し本を全コーナーに置いてみるとか。本屋さんには、一読者としても自分では予測できない意外な出会いを期待しています。
-----------------------------------
2.書店員(書店オーナー)インタビュー
時間を積み重ねることが、価値となるものを手掛けたい。
書店オーナー中里聡さんが語る、本好きのコミュニティ作りから始まった兼業書店の話。
-----------------------------------
一級建築士である中里聡さんの本業は、空間設計や施工、メンテナンスを手掛ける建築事務所の経営者。2019年3月、東京の白山駅から徒歩5分の商店街沿い2階に事務所と併設したブックカフェ“Plateau Books(プラトーブックス)”をオープンされました。今回は趣向を変えて、本業と週末営業の兼業書店を両立させる書店オーナーにインタビューさせていただきました。(取材月:2019年12月)
<嗜好10割の兼業書店。継続を第一に、できることを、できるだけやる>
―今年3月のオープンですね、おめでとうございます!
中里さん:ありがとうございます。書店員さんとは軸が違う話になるかと思いますが、以前、本屋をやりたい人や本の魅力を伝えたい人向けのトークイベントに登壇しまして。お客さんも盛況で、本に興味がある人は世の中にたくさんいるんだなと感じました。
ただ、本を売ることで生計を立て、商売として成立させるのって非常に難しいんですよね。当日のお客さんの中に出版関係者は数名いたかいないか。書店員はほぼいなかったようです。想像ではありますが、おそらく書店経営の理想と現実を日々肌で感じているからこそなのかなと思いました。
―中里さんの兼業書店は、その理想と現実のギャップを埋められたところに位置されるかと思うのですが。
中里さん:そうですね、生活自体は本業のほうで賄っているので、理想を追求できる点に関してはそう言えると思います。
本屋を経営するには、商業と嗜好のバランスが大切です。私の場合は嗜好要素が強いですね。それこそ10対0と言えるくらい。売れ筋の本を置いてないから、マスに向けたアプローチは弱いと思います。そこが弱いと集客の弱さに繋がり、相対的にPlateau Booksを知る人の数も減るので、やっぱりバランスが難しいですね。
商業として成功され、嗜好である個性を発揮されている本屋さんは本当に素晴らしいと思います。
―Plateau Booksが嗜好10割で棚を揃えられるのは、やはり兼業書店だからこそできることなのでしょうか。
中里さん:うちは正直、「本が売れたらいいな」というスタンスです。本業とバランスが取れる位置を探りながら、継続可能な範囲で「できることを、できるだけやる」ようにしています。だから日販や東販からではなく、1冊から本を卸してくれるホワイエや子どもの文化普及協会から、嗜好に合う本のみを仕入れています。
商業を考えたら嗜好に合わない本も揃える判断をすると思いますが、うちはそれをしていません。当たり前ですが、商業に力を入れている書店と比べて売上の差は顕著に出ますよね。商業と嗜好のバランスをどこで取るのか、そこに書店の個性が現れると思います。
―Plateau Booksはとても個性的ですよね。「しる」」「いきる はたらく」「よむ かく」といった棚や、「文学ってなんだろう?」というポップがあり、嗜好に溢れた本を独自の視点で並べられているんだなと感じます。
中里さん:棚づくりはまだまだ試行錯誤中ですね。本のジャンルって一つに括れないものだと思うんです。たとえば建築一つとっても都市空間やまちづくりの本に歴史の本、それこそ建物を建てる本もあれば文化人類学の本もあり、複合的要素が実に多い。
であれば、建築なら「つくる」だったり「しる」だったり。料理や暮らしの本は「エッセイ」に分けてみたり。これまで通りのジャンルにはめるのではなく、お客さんが自然と手に取りやすくなるのはどんな棚だろうと想像しながら、日々工夫をしています。
―「知る」「生きる」「読む」などのジャンル分けは、よりお客さんの行動に繋がる読書となりそうですね。そもそも兼業書店をやろうと思われたきっかけは?
中里さん:もともと、事務所スタッフの子と一緒に、“街に開いた何か”をやりたいと考えていました。建築事務所はお客さんやクライアントさんとの接点はあるんですが、それ以外の方とはほとんど接点がない仕事なんです。前の事務所が手狭になったことをきっかけに、みんなで候補を出し合い最終的にブックカフェをしようとなりました。私も本好きでしたし、スタッフも本好きの子が多かったんです。
そうして事務所と書店を併設できる物件を探していたところ、紹介されたのが今の場所です。白山は学生さんや落ち着いたファミリー層が多く、谷根千よりちょっと静かなイメージ。街行く人の雰囲気や駅近の商店街沿いという場所も良く、あー好きだなあと思い決めました。
もとは精肉店だった建物は、あまり手を加えていません。どちらかというと、加えないことを頑張った感じです。ペンキを塗り直すとかもしてないですね。クロスの壁紙が貼ってあったところは、あえて剥がしてコンクリート打ちっぱなしにしたり。机などの家具も古家具屋で揃えています。急にポンッと新しいお店ができたのではなく、ずっと前からあったような状態を目指しました。
<本好きのコミュニティを作りたい。木が育つように時間と共により良くなっていく場所を>
―オープン前にクラウドファンディングをされていましたね。そちらの記事に“「本の居る場所」をコンセプトに「地域の方や本好きな方々の居場所となるようなコミュニティをつくれる本屋」”とあり印象に残ったのですが、実際オープンしてみていかがですか?
中里さん:本好きが集まるコミュニティの場を作りたいと思って始めましたが、現状はまだ場所として組み立てきれてはないですね。ただお客さんに関しては、年配の方から若い方まで年齢層も幅広く理想の方達が来てくださっている実感があって。結構頻繁に来店くださる方もいらっしゃいます。
そもそもコミュニティを作りたいと思ったのは、時間と共に価値が減るのではなく、木が育つようにより良くなっていく場所や空間を作りたいと思ったからです。
私たち建築家は、建物というハードを作りますが、やはり時間とともに建物は劣化します。今、日本自体が縮小していく中で、地方や公共に限らずいろんなハードが余ってきていますよね。そこで日本はどうしているかというと、新しく作り直すスクラップビルドを選択することが多いんです。一回リセットして無かったことにしてしまう。都市計画でも、再開発によって価値を上げようとしている状態です。
私は新しく作り直すのではなく、今あるものをどうやって活用していくかに興味があります。建築でいうリノベーションですね。時間が積み重なることでより良くなっていくことに携わりたい。というのも、自分も年を取るなか老人が増え続ける今の日本を見たときに、一回全部ゼロにして新しくすればいいという話ではないんじゃないかと思っていて。なんかそことすごくリンクするというか……そんなの寂しいじゃないですか。
みんな年は取るものですし、年を取ること自体は価値が減ることではないと思います。たしかに肉体的には年数を重ねることで目減りする面もあるでしょう。でも、ソフト面でも同じように考えることがすごく寂しいなっていう感覚ですかね。
年齢を重ねるごとに豊かにならないのなら、何のためにみんな頑張っているんだろうと。まあみんながみんな頑張っているのかどうかは分からないんですけど(笑)。そういう憤りみたいなのはあるかもしれません。
―そういう思いが始まりにあったのですね。オープン前とオープン後でコンセプトは変わりましたか?
中里さん:本で使う時間というか、本を通して時間をより良いものにしていただきたいなと思っています。國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』という本がすごく好きなんですが、世界が豊かになって、暇と退屈とお金も全部手に入れた結果、あなたは幸せですか? っていう内容で。その本の答えは、幸せではない、なんですよね。
要は、今ある物の価値をちゃんと自分で見出そうってことになるんですけど。新しい物に価値を見出すよりも、今あるものをじっくり見てごらん、いっぱい価値があるよ、見つかるよって教えてくれるのが本の良いところなんでしょうね。なので、今のPlateau Booksのコンセプトは“教える場所“や“知る場所”になると思います。
書店名のplateauには、平坦という意味があります。平坦にもいろんな平坦があって、良い平坦も悪い平坦もあるかもしれない。共通するのは、あまり変化をしないということ。ダイエットでいう停滞期みたいな。ずーっと変わらない時間。でも、それを超えるとまた動き出す感じがあるというか。
変化しない時間も悪い時間なわけでは決してなくて、その時間をどう楽しめるかを考えるという行為がすごくいいなと思ってます。Plateau Booksには、平坦な時間を楽しめるプラットフォームという意味を込めました。変化のない時間を、本を読んでゆっくり過ごしましょうねって。
―次に向けて英気を養える場所のような?
中里さん:そうですね、「別に何もしなくていいんじゃないの」って感じです。そんなバタバタしなくても、知らずと変化はしているんだと思います。ただ気持ち的にはいろいろ焦りもあると思うので、気持ちを落ち着ける意味でもそのくらい言ったほうがいいのかなと。何をしなくてもいいし、まあ本を読んでもいいしっていうね。
今後Plateau Booksが目指したいのは、うちのファンの方がいっぱい来てくれる状態です。ファンの方に向けて、わくわくするような空間でいい時間が過ごせる場所、本が楽しいって思えるような空間を発展させていきたいと思います。
<本の意味を伝える。本がある空間自体を好きになってもらう>
―では最後に、書店員さんへのメッセージをいただければと思います。まずは活字離れの処方箋といいますか、何か良いアイデアありましたら是非教えていただきたいです。
中里さん:本って、読まないと中身が分からないし、読んだときのその人の状態によって読み取り方も違ってくるから、本の面白さを伝えるのはなかなか難しいと思います。社会自体がゲームや動画といった本以外のことにお金をかけているのが現状ですしね。
ただ、今は本のあらすじを紹介するYoutubeもたくさんありますよね。以前Youtubeで芥川龍之介だかを紹介するのを見たら、文学とは社会に問いかけるもので、社会の映し鏡が文学だよと言っていて、ああなるほどなと。文学の意味とか本の意味とか、意味自体を伝えることから始めるのも、本に興味を持ってもらうには有効なのかなと感じたりしました。
ちなみに本は読みますか?
―(取材同席学生)読みます。私が6歳ぐらいの時に、両親が部屋にとても素敵な本棚を作ってくれたんです。最初は本というよりその空間が好きだから、本棚のある部屋でよく過ごしていました。私の場合は、好きな空間にたまたま本があったから、本が好きになったっていう入り方だったんだと思います。
中里さん:なるほど。たしかに小さい頃から本に馴染むのは大きいね。子供の頃に触れた本の記憶が素敵だったり、本を身近に感じられる環境を与えられたりすることが、大人になっても本を読もうと思う子に育つ処方箋としてあるかもしれませんね。
―ありがとうございます。では最後に、書店員さんへメッセージをお願いします。
中里さん:書店員さんには、本のことをいっぱい教えてほしいです。やっぱり書店員さんの知識ってすごいと思うんですよ。だから、本屋さんはその知識を教えてあげられる場所だといいんじゃないかなと思います。書店員さんの名前の賞とかもありますもんね、ぜひ好きな本のことを教えてほしいです。
もし個人としてそういう会をやりたい気持ちがありましたら、ぜひPlateau Booksに連絡ください。おすすめの本を5冊くらい置いて、お客さんと話をしてもらうのもいいなと思いますがいかがですか? 是非ご連絡お待ちしています。
〒112-0001 東京都文京区白山5-1-15 ラークヒルズ文京白山2階
都営三田線白山駅 A1出口より徒歩5分です。
営業時間 / 13:00~19:00
営業日 / 金・土・日・祝日
※年末年始・夏季休暇等の長期休暇はHPにてお知らせいたします。
https://plateau-books.com/
https://www.facebook.com/plateaubooks/
https://twitter.com/plateau_books
https://www.instagram.com/plateau_books/
----------------------------------------------
3.あとがき
箕輪書店だより 編集長 柳田一記
----------------------------------------------
「箕輪書店だより」へご登録いただきありがとうございます。編集長の柳田一記です。
年末配信をお休みさせていただきましたが、新年一発目の今月号は、日経BP社の編集者・宮本沙織さんとPlateau Books(プラトーブックス)の書店オーナー中里聡さんにご登場いただきました。
宮本さんは三笠書房、文響社、日経BP社と3社の出版社を渡り歩いた敏腕編集者、これまで多くのヒット作を手掛けてきました。一方、中里さんは一級建築士という肩書を持ちながら本業と週末営業の兼業書店を両立させる書店オーナーです。
おふたりのお話で共通しているなと感じた点は、自分がやりたいことに合わせて環境を変えているところ。宮本さんは「自分の裁量で本を編集したい」という思いから創業間もない文響社へ転職し、「もう少し現場の編集者として本をつくっていたい」と考えたことから日経BP社へ転職しました。
中里さんも、一級建築士として建築事務所を経営しながら「街に開いた何か」をしたいという思いからブックカフェ“Plateau Books(プラトーブックス)”をオープンさせました。与えられた環境に固執せず、「今、自分は何をしたいのか」を追求し、そのために持てる能力を駆使して環境を変えていく積極的な姿勢が印象に残りました。
人間はどうしても守りに入ってしまいがちです。与えられた環境に安住し、いつしかチャレンジすることに臆病になってしまします。おふたりの姿勢を見て、いつまでも環境を変えてチャレンジし続ける姿勢をもった大人は素敵だなと思う次第です。
<箕輪書店だより 1月号>
編集長 柳田一記
*取材...土居道子・安村 晋・大西志帆・野崎未来・舩津里奈子
*書き起こし...大西志帆・大谷正憲・細谷 夢子・川上麻衣・氷上太郎・田中ゆかり・川上麻衣・土居道子
*執筆...柳田一記・土居道子
*制作協力…柴山由香
記事一覧
大変ご無沙汰しております。箕輪書店だよりよりお知らせです。 明日6/29(火)、7月新刊の「プロセスエコノミー」尾原和啓の書店員さん向けの説明会をやります。内容やセールスポイント、プロモーションにつ
2021年06月28日
【箕輪書店だより9月号目次】 1. 今月のコラム 箕輪厚介 2.編集者インタビュー 「本質を問い直すことで、活路を切り開く価値が生まれる。」 『僕は君の「熱」に投資しよう』(ダイヤモンド社)を手が
2020年09月30日
【箕輪書店だより6月号目次】 1.書籍インタビュー 誰でも追いかけられる英語学習の道を作る――。 渡邉淳さんがTOEIC学習に込めた想いとは。 2. あとがき 箕輪書店だより 編集長柳田一記
2020年06月30日
【箕輪書店だより4月号目次】 1. 今月のコラム 箕輪厚介 2.書籍インタビュー 『アート思考 ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法』 直島の地中美術館と金沢21世紀美術館の館長を勤めた秋元雄史
2020年04月30日
【箕輪書店だより3月号目次】 1. 今月のコラム 箕輪厚介 2.書籍インタビュー 『NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』 責任編集
2020年03月31日
【箕輪書店だより 2月号 目次】 1. 書籍インタビュー 『採用100年史から読む 人材業界の未来シナリオ』 キャリアアドバイスのプロフェッショナル佐藤雄佑さんが大切にする考え方 2.書籍インタビ
2020年02月29日
書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2020年1月号 【箕輪書店だより 1月号 目次】 1. 編集者インタビュー 「自分が知りたいと思うか」「面白いかどうか」が判断軸。 日経BP編集者の宮
2020年01月31日
書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2019年11月号
【箕輪書店だより 11月号 目次】 1. 書籍インタビュー 情報メインから感情メインの時代へ。 インフォグラフィック・エディター櫻田潤さんが語る、情報と感情の伝え方。 2. あとがき 箕輪書店だよ
2019年11月30日
書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2019年11月号 特別配信 3/3
【箕輪書店だより 11月号 特別配信】 毎月月末にお届けしている箕輪書店だよりですが、今回は、特別配信ということで、田中泰延さんのインタビューを3回に分けてお届けします。 ----------
2019年11月13日
書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2019年11月号 特別配信 2/3
【箕輪書店だより 11月号 特別配信】 毎月月末にお届けしている箕輪書店だよりですが、今回は、特別配信ということで、田中泰延さんのインタビューを3回に分けてお届けします。 ----------
2019年11月12日
書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2019年11月号 特別配信 1/3
【箕輪書店だより 11月号 特別配信】 毎月月末にお届けしている箕輪書店だよりですが、今回は、特別配信ということで、田中泰延さんのインタビューを3回に分けてお届けします。 ----------
2019年11月11日
書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2019年10月号
【 箕輪書店だより 10月号 目次 】 1. 今月のコラム 箕輪厚介 2. ロングインタビュー 多様性の時代、書店のコミュニケーションの方法はもっといろいろあっていい。『箕輪書店だより
2019年10月31日
【 箕輪書店だより 9月号 目次 】 1. 今月のコラム 箕輪厚介 2. 書店員インタビュー 変化が激しい時代だからこそ映える魅力がある 代官山 蔦屋書店の書店員、宮台由美子さんが語る思想哲学と
2019年09月30日
【 今月の目次 】 1. 今月のコラム 箕輪厚介 2. 編集者インタビュー 好きなものを好きと言えるように 放送作家・寺坂直毅さんの憧れと愛情が導いた夢への道筋 3. 書店員インタビュー 今
2019年08月31日
【 今月の目次 】 1. 今月のコラム 箕輪厚介 2. 編集者インタビュー 「売り場づくり」がトリプルミリオンセラーを生んだ 『ざんねんないきもの事典』編集者・山下利奈さんに、大ヒット作誕生のワ
2019年07月31日