書店員向けメールマガジン【箕輪書店だより】2020年4月号
1. 今月のコラム 箕輪厚介
2.書籍インタビュー
『アート思考 ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法』
直島の地中美術館と金沢21世紀美術館の館長を勤めた秋元雄史さんが語る、アートの効能。
3. あとがき
箕輪書店だより 編集長柳田一記
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1.今月のコラム
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箕輪です。
こんな時だからこそということで、今回は長めのコラムをお届けします。
<今は「直近の自分たちがどう生きていくか」を考える時期>
改めて言うことでもないですが、新型コロナウィルスの影響であらゆる業界が経済的にダメージを受けていて、出版業界も例外ではない状態です。
具体的に言うと、一つは単純に本屋さんが営業できないので、本の販売力が半分以下に落ちています。新刊を出しても、最初の時点で以前の半分くらいしか売れません。そうすると、いわゆる大ヒットというものが作りにくい。『メモの魔力』(NewsPicks Book)のように「これ面白いじゃん」とたちまち話題になって本屋さんに人がいっぱい来る、みたいなことが今はなかなか起こりにくいです。
もう一つは、今、新しいメッセージやコロナとあまり関係ない切り口の情報を発信をしても、人の心が新しいコンテンツやメッセージを受け取る余裕がありません。「今、これを読むべきだ」と煽って読者を巻き込もうとしても、多分無理だろうなという空気感があるし、僕も編集者として「今はないな」と感じています。
本屋さんが開いていない。新しいコンテンツを受け入れられる心の余裕がない。この二つの理由によって、単純に本が売れないから、出版社も取次も本屋さんも全部がきつい状況にあります。実際、書店の経営者は今いかに生き残るかを考えているまっただ中なので、休業して、固定費を下げて、家賃を交渉して、休業補償を受け取るといった資金繰りに直面していたりします。バイトで書店員さんをしている人は、本屋さんが開かなくて仕事を入れられないから、今だけ違うバイトをしたりしています。
だから、今は近未来の意識の高い話をしてもあんまり説得力がないのかなと僕は感じていて、「直近の自分たちがどう生きていくか」を考える時期なのかなと思います。
ただ、耐えることも今の時期は大切ですが、一方で「このコロナが去ったら全て元通りになるわけでもない」ということは、なんとなく感じ始めていると思います。
無駄な会議がなくなったり、無駄な出張がなくなったり。移動に関しては、楽しい旅行のニーズは戻ってくると思いますが、出張は「別にもう必要なくない?」と、経費が使われなくなっていくと思います。会食の経費もどんどん削られていくので、領収書で支払われてきた飲食店なんかの需要が戻らないとか、いろいろ世の中変わってくるんだろうなと思っています。
<大きく変わる世の中において、本屋さんは何をすべきか>
まず、コロナが落ち着いてきたら人は戻ってくると思います。三密じゃないし、文化的なエンタメ体験の需要は高まっているので、本屋さんは盛り返していくだろうと考えています。
ただ、今回のことで、「物理的な場所で商売をするのはやはり怖い」と皆が感じていると思います。
これは飲食店もイベントもライブビジネスも同じ壁に直面しているのですが、デジタルが主流になった世の中における「オフラインの価値」についていろんなところで言われていて、本屋さんもそこに活路を見出そうとしていました。しかし、今回のコロナで「リアルな場所を持つことのコストとリスク」が浮き彫りにされて、逆にオンラインサロンのような「リアルの場所を持たないメリット」と好調さが目立っています。
なので、本屋さんは明快に、「オンライン上でサブスクをしなければならない」ということになると思います。
それこそ5年前から言われてきた内容ですが、出版社にとってオンライン上のサブスクはオンラインサロンのようなものです。出版社自体はあまりにも動きが遅くてできていないですが、僕や他の個人の編集者が勝手にやったり、著者がやっていたりして、ある意味そこが出版社のオンライン上のサブスクになっています。
本を仕入れる本屋さんが、オンライン上でサブスクをする。このことに今だからこそ挑戦しなければならないと思います。
<これまでオフラインで提供してきた価値を、オンライン上のサブスクでどう提供するかを考える>
本屋さんがオンライン上でサブスクをするときに考えなければならないのは、そもそも「本屋さんが提供していた価値は何か」ということです。
まず「出会い」ですよね。直接この本が欲しいとかはないけれども、なんとなくふらっと本屋さんに立ち寄って、本屋さんのセンスで本をレイアウトして集めてくれている場所で思わぬ1冊に出会うとか。買わなくても、立ち読みしたり表紙を眺めたりして心が豊かになるとか。そういう価値があると思います。
それから「書店ごとの価値」ですね。これは先ほどの話にも通じますが、たとえば青山ブックセンターに行ったらこういう気持ちになるとか。ジュンク堂に行ったらこうとか。紀伊國屋に行ったらこうとか。そういうところも本屋さんが提供する価値の一つですよね。
あとは「キュレーションの役割」です。この本を読むんだったら、この本も読んだ方がいいとか。AmazonのいわゆるAIによるものではなく、人の主観的なキュレーションのほうがある意味人は心地よく感じるときがあるので、それを提供できるのが本屋さんだと思います。
他にもいくつかあると思いますが、そういう本屋さんの価値をどれだけオンライン上でサブスクできるか考えるといいと思っています。
でもこれを実現するためには、圧倒的に本屋さん自身のカラーがないとダメなんですよね。
何のカラーもない、売れているベストセラーを取り敢えず仕入れている本屋さんがオンライン上でサブスクをやると言っても無理です。尖ってたり、特徴があったり、「この本屋さんじゃなきゃダメなんだよな」というカラーを作る必要があります。
その他大勢と同じような特徴だったら、はっきり言ってAmazonに勝てるわけがなくて。今までも散々言われてきたんだけど、コロナ後の世界では、よりAmazonが脅威になると思います。
店舗は、いわゆる象徴的にみんなが憧れて「東京に行ったらあの本屋さんに行きたい」と思われるようなリアルの場所として存在させる。けれど基本は、オンライン上でサブスクをしてファンを月に100人でも200人でも300人でも囲って、コアなファンの人たちに向けてどうビジネスをするかです。他のビジネスでは定番としてやっているようなことをこれからは本屋さんもやっていかないといけません。
<複雑なことはいらない。これまで提供してきた価値の再構築をして、ファンをコミュニティ化させる>
僕が本屋さんだったら、今は強引にでも「スナック箕輪」(オンライン上のスナック)みたいなことをやります。書店にスナックはないから、たとえば「青山ブックセンターカフェ」として、著者同士の対談チケットを1000円で売り出して30人集めるようなイベントを週3でやるとか。できればチケットをその都度買うより、月2000円で月額会員になってもらうほうがもっと深い体験ができるように設計するとかをします。
そんな複雑なことをするわけではなく、本屋さんで体験できていたり、提供していた価値をオンライン上のサブスクで再構築することを今やるべきだと思う。そうすれば、コロナがある程度終息して店舗にお客さんが戻ってきたときに、コロナをきっかけに手掛けた新しい事業はむしろ+αの収益、+αの顧客体験として残って、より強固なビジネスとして育つだろうから、僕ならそうすると思います。
普通のビジネススクールみたいなところに言われたら断るような著者さんでも、本屋さん、それこそブランドのある本屋さんに誘われたら「お世話になっているから出ますよ」って言ってくれることは多いんじゃないかな。今、大物も夜は暇にしていたり「スナック箕輪」でもオンラインだと移動がないからすぐ来てくれたりします。その辺を逆にチャンスと捉えて、今こそオンライン上でサブスク化して、ファンをコミュニティ化してもらえたらなと思います。
出版社もきつい状況ですが、この難局をポジティブに乗り越えながら新しい価値を作れればと思うので、一緒に頑張りましょう。
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2.書籍インタビュー
『アート思考 ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法』
直島の地中美術館と金沢21世紀美術館の館長を勤めた秋元雄史さんが語る、アートの効能。
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秋元さんは1991年に福武書店(現・ベネッセコーポレーション)に入社され、「ベネッセアートサイト直島」のアートプロジェクトを手掛けられた方です。2004年からは地中美術館館長/公益財団法人直島福武美術館財団常務理事に就任。ベネッセアートサイト直島・アーティスティックディレクターも兼務し2006年に退職。2007年からは金沢21世紀美術館館長に10年間就任後、現職の東京藝術大学大学美術館館長・教授、および練馬区立美術館館長を務められています。
著書に『おどろきの金沢』(講談社)、『日本列島「現代アート」を旅する』(小学館)、『工芸未来派 アート化する新しい工芸』(六耀社)など。今回は、2019年10月30日に出版された『アート思考 ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法』(プレジデント社)のお話はもちろん、青年時代のエピソード、直島や金沢の話、そして書店員様へのメッセージを伺いました。(取材:2019年12月)
<時代に100%アジャストしている人なんてそうそういない。みな世の中と自分を何かしら調整して生きている>
―秋元さんは過去に「20代の頃は社会に自分を合わせようとして苦しんだ記憶がある」とおっしゃっていますが、どのような青年時代を過ごされたのでしょうか?
秋元さん:自分の進路に悩んだことはそんなになかったですね。中学で美術部に入り絵を描くようになった頃から、将来は絵で生計を立てたいと思うようになりました。大学は東京藝術大学の油絵専攻。現代美術をやり始めてからは、インスタレーションなどを思いつくままにやっていました。
20代の頃は、毎日ハッピーに生きていたわけではなかったと思います。10代の成長過程で皆が通る、一種の若さゆえのギクシャクした過程みたいなものだったのかなとも思いますね。
―そのギクシャクした時期というのは、いつ抜けられたのでしょうか?
秋元さん:抜けた感じは今もないかもしれません。その時代ごとで、世の中に100%アジャストしている人なんてそんなにいないと思うし。若い頃ほどではないにしろ、何かしらの社会との葛藤はあるのではないかと思う。もちろんそれなりに楽しさもあって、生きづらさばかりではないですよ。でも何かしら世の中と自分を調整している。それは誰にでもあると思っています。
―大学卒業後はアルバイトをしながら、作家として制作も続けられたんですよね。
秋元さん:はい、作家は30歳くらいまで続けました。20代後半からは並行してフリーのライターも始めて、だんだんライターの比重が大きくなりましたね。ライターの仕事では、作家として最初から最後まで一人で作品を作っていたときとは違う面白さを知ることができたと思います。
フリーなのでがっちりと組織に入り込むまではいかないですが、編集方針に沿ってどういう特集を組むのかを皆で会議し、「ここをやって」と自分の役割を与えられる。そういう共同作業を通して、「別に自分一人が徹頭徹尾やることでもないんだな」と気付いたんです。
ライターをするまでは、与えられた役割の中で自分のクリエイティビティを発揮することは、あまり考えませんでした。ビジネスの世界では、それぞれの役割を持った人たちと物事を成し遂げていくのが当たり前ですよね。これまで自己を探求し続けるアーティストとして生きてきた自分にとって、他者と一緒に作り上げるところが面白かったんだと思います。
―当時は『サライ』(小学館)のアートライターをされていましたね。
秋元さん:『サライ』が求める雑誌の方向性を先回りして、自分なりに考えていくのが楽しかったですね。この仕事を通して、「こういう作り方もあるんだ」「こういうふうに自分の想像力やクリエイティブな部分を活かす方法があるんだ」と、自分の可能性を知ることができました。
もちろん、「なんで僕はいいと思っているのに、こんなにダメ出しをされるのか」という苦しみも味わいました。自分の思い通りに書いた記事を、編集者も「素晴らしい」と言ってくれるわけではないので、当時はさんざん書き直されていたと思います。
―当時の印象に残っている仕事は何ですか?
秋元さん:女性アーティスト特集の記事ですね。現代アートの世界で若い才能ある女性がたくさん出てきたときがあって。「女性アーティストの作品がアートとして面白い」ことにスポットを当てた記事を企画したところ、通ったんです。
ところが、進めていくうちに「“かわいらしさ” といった、女性ならではの要素を含めた記事」にしていくことになり、私が提案した編集方針からどんどんズレていきました。でも私の企画として通っているから、非常にアイドルチックなページ構成に自分も加担することになるわけで。雑誌だからそういう要素も必要かもしれませんが、企画した自分としては「なんだこれは。これがアートを商業的に一般の人たちに伝えるってことなのか……」と頭を抱えました。
アート表現って自己と向き合うみたいなもので、誰かに向けてとかマスを意識して作品を作ること自体がそんなにないんです。マーケティング的な発想がそもそもないというか。だから、相手のニーズに合わせてこちらが思っていることをねじ曲げるのは、自分が持っているアートを切り売りする感じがして嫌でした。今思うと、すごく青臭いんですけどね(笑)。
―そういった秋元さんのアーティストとしての葛藤を抱えつつも、皆と共同でやるクリエイティブに惹かれていったと。
秋元さん:まあそれで食べていけるっていうところも正直ありました。直島(美術館)のときもその感覚は同じように持っていたと思います。1991年に福武書店の学芸員に採用されてからは、「企業活動としてどう成り立たせるか」と「純粋にアートとして曲げたくない」ところの調整ですね。今も形は変われど、やっているのはそういう調整の連続になると思います。
<アートとビジネスの狭間で。悩みながらも皆でゴールを共有し、細かい調整を重ねていく>
―秋元さんが仕事をする上で、譲れるところと譲れないところの基準はどこにありますか?
秋元さん:明確な言葉があるわけじゃなく、「ちょっとこれは嫌だな」といった感覚的なものとしてありますね。私なりに「この作品はこういうものだよな」と思っていて、そこから2割外れていると、多分かなり嫌になってきますね(笑)。そこから3割外れたら、相手を説得しようとすると思います。「それって違うんじゃないですかね」って。4割外れていたら本質からだいぶ外れているので、そのときは「もう止めますか」みたいなことを言っちゃうかもしれない。うん、ちょっと僕はあんまりビジネスパーソンに向いてないかもしれないですね(笑)。
自分が企画を出す場合も、相手から企画を持ち込んでもらう場合も、「本質が変わってまでやりたいことだっけ?」を考えますね。あとはアーティストにとってどうか。特に若いアーティストでこれから世に出る人の場合はいろいろ考えます。やっぱり発表の機会を作った方が作品を見てもらえるわけだし。予算的に難しいかもしれないけど、場所がいいし人も来そうならやった方がいいなとか。本質からズレていることにちょっと目をつぶってでも、まずは見てもらって知ってもらうためにチャンスを掴んだ方がいいときもありますから。そこはとても悩みますね。
―アーティストはもちろん、スポンサーや企画者といった違う立場で違う価値観を持った人同士ですもんね。お互いの利益と想いを考えながら展覧会を開催するまでにこぎつける過程は、非常に大変なんだろうなと思います。
秋元さん:そうですね。もう言語が全然違いますから。どうやって価値観をみなで共有するかをとても気遣っています。今は世界がどんどん広がっているから、各人がベースにしている社会が違うのは当たり前。前提が違う者同士なので、事前の調整は必須だと思います。
とはいえ、いくら調整したとしても「わかり合えない」って思うときや「全然伝わってないな」ってことはよくあります。まあそういうときでも、各人の違いを際立たせてもしょうがないので、やれるかやれないかで話を進めたりはしていますね。
―言語や前提に乖離があった相手と、徐々にわかり合えるようになった仕事はありますか?
秋元さん:直島の美術館はそうでしたね。会社や現場の職人さんと、作品のクオリティというか「直島に置くべき作品はこういう作品だよね」っていう価値観が、言葉にできないところも含めて共有できていたと思います。
たとえば職人さんで言うと、担当範囲以外の作業内容を理解してくれていました。だから、今やっている作業が全体のどの部分を構成しているかをわかった上で、次の人たちが仕事しやすいように今自分が何を準備すればいいかを考えてやってくれるんです。
足場を組む段階から、次のあの作業がしやすいように足場はこう組んでおこうとか、この時間で作業を完了させておこうとか。無駄な汚れを現場に残さないというか、そういう細かい気遣いがあらゆるところでできているんですよね。
それから「きっと秋元ならこういうのが欲しいと思うだろうな」というのを、先回りして動いてくれていました。直島の美術館があるべきクオリティのレベルを、全員が理解してくれていた現場だったと思います。
―もう秋元さんの思考を完全に理解されている状態ですね。その状態にするために、意識されていたことはありますか?
秋元さん:アート作品を一緒に見に行っていましたね。アーティストやキュレーターやオーナーだけではなく、現場の職人たちも含めて。京都や奈良に一緒に旅行したり、同じ本を読んだりしていました。共通のアート鑑賞によって「自分たちはこのくらいのレベルの美意識とかクオリティを目指そうね」みたいなのが、わりと共有できていたんだと思います。だから、それを目指してみんな頑張っていました。
―同じゴールが見えている状態だったんですね。
秋元さん:そう。そのゴールに向かって一所懸命に応えようとしてくれていて。日本の職人さんって真面目な人が多いんです。ほんとに頑張るんですよね。「これできる?」って言われたら、それに向けて最善を尽くしてくれる人たちばかりでした。
―素晴らしいですね。ちなみに金沢21世紀美術館の館長の頃は、何を一番大事にされていましたか?
秋元さん:直島は常に現場で何かを作っていたので、体験の共有が自然とできていたと思います。一方金沢では、体験よりも言葉の要素が強かったと思います。方針とか、考え方とかですね。金沢は美術館がベースなので、どういう展覧会をキュレーターがやるかが軸になります。だから、「今年はどういう方針で美術館を動かすか」を言葉にして、それを大事にして進めていました。
とはいえ、わりとざっくりしていましたけどね。あまり細かいことは言わずに、「今年は東アジアの現代アートをフューチャーしよう」とか「工芸で現代アートのものをフューチャーしよう」くらいです。大枠の方針を決めたら、そのお題でリサーチしたものを各自持ち寄って、企画書とともにプレゼンして。こうでした、ああでしたと話しながら決めていきます。提案された企画内容が金沢の構成や今年の企画に合っていたら、開催に向けて動き出す感じですね。
そういう意味では直島とはだいぶやり方が違っていて、企画会議で交わされるやりとりが重要だったと思います。現場によってやり方は違いますが、本質からズレないように関わる人たちと根っこの部分を共有していくためには、細かい調整が大事になるんでしょうね。
<「現代アートを見る」行為を、世の中を「考えるきっかけ」の一つに>
―『アート思考』はどういった読者に読んでほしいですか?
秋元さん:学生や社会に出ている20~30代の人たちに読んでほしいですね。「仕事が面白くない」とか「仕事に真剣になれない」とか「仕事は数字だけじゃないんじゃないか」とか。いろいろ思っているような人に、「こういうふうな考え方もある」と知ってほしいです。
現代アートは、ある種の遊びなんですよね。他人から見たら馬鹿げたようなこととか、なんでもないようなこと。でもアーティスト一人ひとりは、本気で自分の人生をかけて現代アートをやっています。本当は誰でもそうなんだと思いますが、改めて「生きるって人生を懸けることだよな」と、アートに触れることで思ってもらえたら一番嬉しいですね。
ビジネスパーソンの中には「これは単なる仕事だ」と割り切っている人もいるかもしれません。けれど自分の1日24時間のうちの8時間以上をかけて仕事をやっているからには、やっぱり楽しい方がいいし、自分をかけた方がいいと思うんです。
懸命に生きたところで「たかが」であることに変わりはないと思います。それでも自分のために一所懸命に面白く生きた方がいいし、やらないよりはやっぱりやった方がいい。それは周りに評価されるからではなく、自分が満足できるからです。
「なんで努力するんですか?」「ダメでも努力した方がいいんですか?」って思う人もいるかもしれないけれど、私はダメでも努力した方がいいと思う。なぜなら、その方が「納得」できるからです。
周りがなんと言おうと、やったという実感と経験は必ず残ります。だから言葉に振り回され過ぎず、自分の中に溜まっている経験を信じることをおすすめします。そういう図太さというか強さや生き方を、アートやアーティストを通して知ってもらえたらと思いますね。
―『アート思考』で秋元さんが一番伝えたいことは?
秋元さん:「現代アートを見る」という行為が、一つの「考えるきっかけ」になることを知ってもらいたいですね。
現代アートは、何かを考えるためのメディアなんです。ニュース番組を通して世の中を考えるのとは違うアプローチで、アートを通して物事を考えることもできると知ってもらいたくて本書を書きました。
アートが問題解決の万能薬になるわけでもないし、複雑怪奇に入り混じった現代社会はそう簡単に解きほぐせるわけでもない。そこにある種の絶望みたいなことを感じるときもあるんだけれど、それでもやっぱりアートを通じて「問い」を示したり、解決までいかないにしても解きほぐす材料にしたいっていう人たちはいると思うんですよね。
ビジネスパーソンとアーティストが生きている世界は、基本的には同じです。広い意味では同じ資本主義社会に生きている。もちろんそれぞれに領域はあるんだけど、「自分が今いる領域が世界のすべてじゃないんだ」って思ってもらえる本になっていたらいいなと思います。
―アートの本質的な価値はどこにありますか?
秋元さん:アートの本質的な価値とは、見る人の感情や精神を揺さぶり、生きている意味を肯定するところにあります。そしてアートはアーティストが自分を取り巻く世界や現実の出来事に向き合い、それを形にして表現したいという強い衝動から生み出されるものです。資産としての芸術品の価値はその次にあるものなので、販売を目的に生産される商品とはそもそも性質が異なります。だから、ビジネスの延長でアートを考えられちゃうのは正直嫌ですね(笑)。それは違うと思っています。
本書で紹介したアートの世界やアーティストの生き方は、読者ご自身から普段の役割を外したときに、一人の人間として共感できるものがあるのではないかと思います。アートを知ることが、狭い常識を外す材料になったらいいですよね。生きていれば深刻になるようなときもあるかもしれません。そういうときこそ図太さを持つというか、「自分には生きる意味があるし価値があると思っていいんだ」と、アートやアーティストから感じてほしいです。
<トップアーティストはトップアスリート。新記録を出してもらうための無茶ぶりが、傑作を生み出すこともある>
―秋元さんは多くのアーティストとお仕事をされていると思いますが、トップアーティストは社会においてどういう存在だと考えますか?
秋元さん:やはり歴史を画する作品を作る人は、自分の能力を最大に出しながら、社会や周りをも巻き込んでいく力が強いんですよね。
人を巻き込むというのもあるけど、「このタイミングでこんな事件起こる?」っていうことが本当にあるんです。その作品のコンセプトがより光るような事件が起きるとか。なんていうか、「やっぱりすごいな、この人」みたいな(笑)。
―持ってる人ですね。
秋元さん:そう、持ってる。それはとても感じますね。
トップアーティストって、トップアスリートのようなものだと私は思うときがありますね。トップアスリートでも毎回世界記録を出せるわけではないのと同じように、トップアーティストといえども毎回歴史的な傑作が生み出せるわけではない。やはり条件が必要だし、いろいろな外部要因がからむ。本人の能力をこえたところがあります。それをどう作り出すかが重要で、直島時代はそのことを考えていました。
当時、無名の直島が今後生き残っていくためには、人が呼べる代表作が必要でした。有名作家の作品でもワンオブゼムの作品だったら直島に足を運んでもらえない。直島でしか見られないトップアーティストの、それも最高傑作があって、初めて直島に足を運んでもらえるわけです。だから、草間彌生さんも宮島達男さんも、いろいろ無茶ぶりをして作品を作ってもらいました。
―傑作を生むには、ある種の無茶ぶりというハードルが必要だったということでしょうか。
秋元さん:そうですね。「自由に作ってください」でうまくいくときももちろんあると思います。そして、ある種の条件を提示した方がブレイクするときもあると思います。むしろ、ある条件の中でそれをどうやったら乗り越えられるかを考えたときの方が、意外といい作品ができちゃうというか(笑)。
これは今に始まったことじゃないんじゃないですか。たとえば運慶快慶作の東大寺の仁王像は約40日で作られたと言われています。何百年も生きている傑作って、意外と短時間でできていたりする例もあります。傑作が思ったよりも短時間だったり、厳しい条件の中で生まれていることもありますね。
―時間や自由があればいいということではないのですね。
秋元さん:そういうことなんだと思います。だらだら考えりゃいいっていうもんじゃないというか。チャンスを掴むのも、待っているところに来たものを掴むんじゃなくて、動いている中でキャッチするものだと思いますね。
チャンスの瞬間に対応できるのは、日頃から鍛えているからなわけで、すごい人はチャンスをものにする力が人より高い。無理難題を乗り越えて、さらに自分のものにしちゃう。そうやって運気を掴んでいくんだろうなと思います。
よく運の神様は前髪しかないって言うけど、あれってほんとにそうですよね。それはビジネスパーソンが仕事をやっていくうえでも同じなんじゃないかな。待っているだけじゃダメ。いつでもスタンバイしておく。やらされる前に先回りするぐらいのつもりでいることがすごく大事だし、その方が面白いと思いますね。
<美術館の個性は、所蔵作品の充実度が決めている。普遍的な本を、丁寧に伝えてみるのはどうだろう>
―最後に、書店員さんへのメッセージを伺いたいと思います。今本屋が減少していますが、美術館は増えているそうですね。その背景にはどういった要因があると思いますか?
秋元さん:「心の時代」というのは本当で、多くの人が精神的な充足を求めていると思います。中でも、多く美術館に来てくれるのは、定年退職後の年代の方が多いですね。入館料も千何百円とかなので、お財布から出しやすい価格というのもあると思います。また、改めて精神的な充足感を求めていて、それを名画を見る中で満たしているんじゃないかなと思っています。みなさん一時間でも二時間でも並んで来館してくださいますからね。
金沢も直島もそうでしたが、基本的にはその美術館が所蔵している作品を丁寧に見せることが、美術館の特徴を作っていくと思っています。欧米がすべて正しいというわけではないですが、ルーブルとかも常設がすごく充実していますよね。個人的には、それが美術館の本来の姿じゃないかなと思います。日本の美術館は年中借り物をしていますが、ゆっくりいい作品が見られるのは、ほんとは常設展なんですよ。
―なるほど。では書店はどういった工夫をするといいと思いますか?
秋元さん:書店員さんはみんな本が好きだろうから、それがうまく活きるサービスができるといいですね。書店員さんの読書感想文をどんどんネットで配信したり、本の魅力そのものをもっと踏み込んで伝えることに力を入れてみるとか。少し遠回りかもしれませんが、それがひいては今ある本のセールスに繋がるかもしれないですよね。
美術館に倣うという意味では、じっくりと、名作と言われる本を伝えていくのはどうでしょう。新刊ももちろんいいのですが、読んでおいた方がいい本ってたくさんありますよね。普遍的な本を、今だからこそ改めてちゃんと伝えていくのもいい気がしますね。
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『アート思考 ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法』(プレジデント社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4833423367/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_ztfNEbMBD13EG
『おどろきの金沢』(講談社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4062729598/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_TrfNEbFE94M86
『日本列島「現代アート」を旅する』 (小学館)
https://www.amazon.co.jp/dp/4098252430/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_LqfNEbRHTJ1F9
『工芸未来派 アート化する新しい工芸』(六耀社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4897378141/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_QsfNEbET4J5GS
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3.あとがき
箕輪書店だより 編集長柳田一記
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「箕輪書店だより」へご登録いただきありがとうございます。編集長の柳田一記です。
4月号では、『アート思考 ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法』の著者であり、東京藝術大学大学美術館館長などを務める秋元雄史さんにご登場いただきました。
「時代に100%アジャストしている人なんてそうそういない」
秋元さんは常に自分の想いと社会とのギャップに葛藤し、それを調整しながら生きてきたといいます。仕事をするにあたり、アーティストとして曲げたくない部分と、経済活動としてどう成り立たせればいいのか。そうした調整の連続で今日の成功を築き上げてこられました。
秋元さんが『アート思考』で一番伝えたいことは、現代アートを見る行為自体が、何かを考えるきっかけになることを知ってもらうことだそうです。ニュース番組などで得る情報を通して世の中を考えることとは違ったアプローチで人々に考えさせる力がアートにはあります。
視点を変えて物事を考えることの価値が今ほど高まっている時代はなかなかないかもしれません。箕輪さんもコラムで言及していますが、書店が営業できない、新しいコンテンツを受け入れる余裕が人々にない等、新型コロナウイルス大流行の影響で書店には大変厳しい状況が続いているかと思います。難しいとは思いますが、この危機を機会と捉えて、書店の新しい事業につなげる何かをつかめる期間にしていければよいと思う次第です。
『箕輪書店だより』では、これからも読んで勉強になる、ワクワクするような内容をお届けしていきます。感想や、ご意見ご要望、冊子送付などご要望がございましたらハッシュタグ「#箕輪書店だより」をつけてTwitterでつぶやいてください。箕輪編集室のメンバーがすぐに伺います。では、来月もメルマガでお目にかかれることを楽しみにしています。
<箕輪書店だより 4月号>
編集長 柳田一記
*取材...土居道子・安村晋
*書き起こし...和田恵美・酒井沙貴・氷上太郎・恒冨和也・田中ゆかり・小林恵美・土居道子
*執筆...土居道子・柳田一記
*制作協力…柴山由香・金藤良秀
<バックナンバーはこちらから>
https://mail.os7.biz/b/mhrC
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