中退共(中小企業退職金共済)の落とし穴
社労士で採用定着士の西野です。
今回からは、退職金制度における「財源」
について、それぞれの選択肢を掘り下げ
ていきます。
まずは、中小企業の間で最も普及してい
る制度の一つ、
中退共(中小企業退職金共済)について
解説します。
■ 中退共の普及状況
労働政策研究・研修機構(JILPT)の
令和元年の調査によると、従業員10人
以上の企業のうち、退職金の準備方法
として「中退共」を採用している企業
は46.5%にのぼります。
100人以上の企業も一部含まれること
から、実際の中小企業全体で見ると、
過半数が中退共を活用している可能性
があります。
運営母体が国(独立行政法人中小企業
基盤整備機構)であることから、
信頼感・安心感が強く、さらに掛金に
対してわずかながら利回り(1%前後)
がつく点も魅力に映っているのでしょう。
しかし、制度設計や企業方針によっては、
思わぬ「落とし穴」と感じられるケース
もあります。
以下、代表的な注意点を見ていきましょう。
1. 加入1年未満では退職金ゼロ
中退共では、加入後1年未満で退職
した場合、退職金(共済金)の支給は
ありません。
また、加入から2年以内の退職では、
支給額が掛金総額を下回ることも多く、
早期離職者が多い業種や企業には
不向きといえます。
→ 掛金が会社負担である以上、
「払っているのに戻ってこない」という
リスクが現実的に存在します。
2. 掛金の過払いリスクと調整の難しさ
中退共では、従業員ごとに掛金月額
(5,000円〜30,000円)を設定し、
そのまま共済機構に納付します。
しかし、想定する退職金額よりも多く
掛け過ぎてしまった場合、超過分が
会社に戻ることはありません。
また、掛金を減額したい場合には原則
として本人の同意が必要で、柔軟な
調整がしづらい仕組みになっています。
■たとえば
ある社員に毎月30,000円掛けていたが、
退職金としては月額20,000円相当
で十分だった場合
差額の積立分(30万~50万円)が
「返ってこない」事態に
このように、会社側の管理と設計に一定
の慎重さと「読み」が求められます。
3. 自己都合・会社都合による退職金
差がつけられない
多くの企業では、自己都合退職と定年
退職・会社都合退職とで、退職金の
支給率に差を設けています。
しかし中退共では、掛金はすべて従業員
の共済契約として積み立てられるため
会社が自由に差をつけることができ
ません。
ただし、退職金制度を中退共+独自の
上乗せ支給で構成している場合は、
上乗せ分についてのみ自己都合・会社
都合で支給額を調整することは可能
です。
4. 懲戒解雇時でも掛金は戻らない
多くの企業では、懲戒解雇の場合は
退職金を不支給または減額と規定して
います。
中退共でも、一定の手続きを経て、
「不支給」「減額」とすることは可能
です。
しかし注意点は、掛金そのものは会社
に戻ってこないという点です。
不支給となった共済金は、中退共の
長期加入者の退職金財源に繰り
入れられるとされています。
つまり、退職金の「支給可否」はコン
トロールできても、「積立金の返還」
はできないということになります。
■ 経営者の想いと制度のギャップ
中小・特に小規模企業では、退職金制度
そのものが、社長の想いから始まる
ケースが多いのが実情です。
「長く頑張ってくれた社員にはきち
んと報いたい」
「逆に問題行動があった社員には、
それなりの対応をしたい」
こうした柔軟な運用を重視する企業に
とって、中退共の画一的で一方向的な
制度は、自由度の低さがネックになります。
■ 結論:中退共を導入するなら
「目的と相性の確認」を
中退共は、制度設計次第では非常に
便利で安定した仕組みですが、
・退職金支給の柔軟性を求めたい
と考える企業には不向きな面があります。
導入を検討する際は、制度の長所だけ
でなく、融通が利かないという短所を
正しく理解した上で、経営方針と合致
しているかを慎重に見極めることが
重要です。
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